L.A発、よみがえれ我が祖国・日本!
目からウロコの気になる情報、話題、日本への提言。L.Aからモノ申す!
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「L.Aのコリアン事情、今、むかし」

私が渡米したのが1963年9月で小学5年生の頃だ。私が通った小学校Sixth Avenue Schoolは当時、黒人が60%ぐらいで日系人は15%ぐらいいたのだろうか?コリアンは3人だったが、6年生の頃、2人(姉妹)が転校してきたので5人になった。それだけ目立たない存在だった。

1965年頃の中学生の頃、私たちは広めの家に引っ越した。偶然、トナリは朝鮮人だった。どうも52年ぐらいに渡米したようなので、朝鮮戦争の混乱の中、朝鮮を逃げるように出てきたのか?ほとんど付き合いがなかったので話をすることはほとんどなかった。

記憶にあるのは、私が高校生の頃、我が家の裏庭に大きなアボカドの木があった。当時、私はアボカドがどうも口に合わな
かったので、収穫したアボカドを友人やお世話になった人たちに配っていた。
ある日、裏庭に行くと、トナリの韓国人の爺さんが、アボカドを盗み取っていた。「誰が勝手に取れと言ったのだ?欲しいなら言ってくれ」と私は大きな声で注意した。爺さんはバツが悪そうにしていたが、謝るわけでもなく私の視界から消えていった。 
私が高校生だった68年~70年は韓国人はほとんど目立たなかったが、それでも当時、通っていた高校に10人ぐらいいただろうか。

当時の若い韓国人女性は、シナ人を嫌い、表面上、日本人に親しみを感じていた。韓国人男性は比較的無愛想だったが、女性たちは日本人に関心があったのか、何人かのコリアン女性に私はしつこく追いかけ回されていた。

同じクラスに韓国人がいた。コイツが私が油断していると、私の後頭部を平手で叩いて逃げていく。何度もやられるので、ある日、放課後、ボコボコにしてやった。

ところが、こいつはそれでも懲りず、ニヤニヤして、叩いては逃げていく。数回、ボコボコにしてやったが、こいつらのしつこさや病的オコナイは今もって理解できない。


コリアタウンは80年代に入って、少しずつ形づいてきた。それによって、多くの日本人がこの地を去って行った。何人かのアパート経営者の日本人は、入居者が韓国人中心となって、何かと問題が多いとこぼしていた。


当時、韓国人のビジネスに融資したことでいくつかの銀行が踏み倒された。それが原因で経営破綻した銀行が街中から消えていった。
L.Aのコリアタウンの面積はリトル東京の数倍はあって広大だ。当時はアップタウンと言って、日系人も多く住んでいた。私も1965年から70年まで母と一緒にこの地域近くで洗濯屋を切り盛りしていた。私が中学~高校時代だ。

当時、洗濯し、アイロンしたシーツなどを配達していた安ホテルは、今は韓国系の安ホテルになっている。
その当時は韓国人の数は少なく、何の目立った活動はしていなかった。
洗濯屋の真向かいに30代後半の韓国人女性がカツラ屋さんを始めていた。これが当たって、彼女は成功者となった。よく暇つぶしに、洗濯屋に遊びにきていた。片言の日本語を話して「おばさん、おばさん」とそんなに年が違わない母をそう呼んでいた。


1975年頃から、韓国人が目立ち始めた。彼らの多くはベトナム戦争でアメリカ軍と一緒に戦った元韓国陸軍出身者だ。彼らが永住権を取得してから韓国人が増え始めた。彼らは家族でまず、サンフランシスコやL.Aでアメリカ生活を始め、そのうち、兄弟や両親、叔父、叔母、イトコまで呼び始めた。
当時は、韓国人が事業を始めても、経営のノーハウも知らず、儲けが少ないと、奥さんが夜に売春婦に変身するような生活だったのだ。


そんなキズを持った韓国人がこうなったのもすべて日本に責任があると、今までの生活に対する恨みツラミを日本人に向けて爆発した。
1985年頃になると、事業や商売で失敗した韓国人たちが新たな新天地を求めて西海岸から逃げるように東海岸に移り、東海岸で事業に失敗した韓国人が逃げるように西海岸へ移り住んだ。
この頃からL.Aのコリアタウンもハングル文字の看板が目立ち始めたが、彼らの好き勝手でサービスとは無縁なビジネス手法や、他人種に対する見下した姿勢に非難の声が聞こえ始めていた。


リトル東京もこの時期、再開発が進み、かつての活気を取り戻そうと躍起になっていた。
この時代はまだ靴を見れば日本人か韓国人かすぐわかると言われていた時代だった。
違いが一瞬でわかった時代である。

その後、1992年の黒人暴動で、韓国人の黒人やヒスパニック系への人種差別が世間に知れ渡った。この暴動で、コリアタウンは今までの差別的行為に対して、ウップンを晴らすように、黒人やヒスパニックが韓国商店を襲い、商品を略奪する姿がテレビの各チャンネルで報道された。その上、この時期は韓国経済が経済危機に直面していた。

ちなみに、私は中学生1年生の頃、1965年8月のワッツ黒人暴動も体験している。規模は1992年の10倍以上で、警察、州兵が4000人出動し、あちこちから火の手が上がり、街中が不気味さを醸し出していた。私が当時、暮らしていた地域は、危険地域になり、軍用車やパトカー、州兵がAR-16を構えながら歩いていた。

だが、韓国人と違い、日系人は黒人と共存共栄で仲良くしていたので、1992年のコリアン商店のような被害は皆無だった。黒人が日系商店を守ってくれたのだ。

韓国系は2000年ぐらいまではもがき苦しみ、何かがあると日系社会を利用し、黒人組織やコミュニティーとの接触も日系団体に間に入ってもらっている。表面的にだが、歩み寄り、関係を改善したような演出を展開した。


2000年を少し過ぎた頃から彼らは自信を取り戻したかのように、ロビー活動の重要性に気づき始めた。
2005年頃から韓国経済の上昇と韓国系企業の活躍を目にするたび、彼らは自信過剰になり、同時期からロビー活動が盛んになった。


米国で慰安婦問題は1995年頃から聞こえ始め、その頃から私は韓国系と闘ってきた。
彼らは韓国系人口が増えてきた2000年ぐらいから活動がエスカレートしたように思う。70年代、80年代はおとなしくしていた人たちまで巻き込んで、2010年以降は病的におかしくなって「ディスカウント・ジャパン」運動にも拍車がかかった。


今後、韓国商品が売れなくなり、韓国人の悪評が広がるとどうなるのだろうか?
しかし、今や多くの韓国系が日系人、台湾系、白人などと付き合ったり、結婚している。特に最近の若い日系人は、日本人のDNAを誇りにするわけでもなく、自らをアジア系と説明するようになった。日本の歴史に無知な日系人は、韓国系に嘘やデタラメを吹き込まれ、自虐史観を押し付けられているようだ。


米国ではチャイニーズ系新移民より執念深い韓国系新移民の方が日本人にとって脅威だ!
以前このブログでも紹介した米国ニュージャージー州Palisades Park市(人口、約19,700人)の図書館前に「日本軍従軍慰安婦の碑」が建立された。

今や韓国系の貸し切り観光バスまで来ると言う。北米各地の韓国コミュニティーがこの碑に続けとばかりに、またまた不愉快になる動きをしようとしている。

建立されて1年半になるが、この影響で在外邦人の子供たちが、残虐な日本人をルーツに持つということでイジメの被害にあっているという。

2000年はアジア系が41%だったが、2010年には58%に増えている。勿論その中には日系もいるだろう。
その中でも突出しているのが韓国系人口。2000年は36%だったのが、2010年には52%に膨れている。コリアタウンもあり、街全体がコリアン・コミュニティーと言っていいだろう。

大理石の碑には、「1930年代から45年まで日本帝国主義の軍隊に踏みにじられた20万人の女性と少女を称える」とか「慰安婦とされた人々は想像することも出来ない残酷な人権侵害にあった」と解説され、最後に「私たちは人類に対するこの残虐な犯罪を決して忘れてはいけない」と、慰安婦の姿と共に刻まれている。

こういった歴史的な事実はないし、まして20万人という数字はどこからきたのだろうか?「南京大虐殺」同様、捏造ではないか。
本当にこんなデタラメを平気で広げようとする、その民度の低さや病的虚言者のDNAが、我々まともな日本人には理解出来ない。朝鮮民族にとって「他人のものも自分の物」「自分のものも勿論自分のもの」か?

この従軍慰安婦問題は1983年、吉田清治が『私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録』の中で「韓国女性を強制連行して慰安婦にした側」の「体験」を創作して発表 。これが一部の反日勢力に知れ渡った。

そして1988年の「朝日ジャーナル」の意見広告記事がクローズアップされ、多くの人の目に知れ渡った。

慰安婦の「強要・強制」を示す記録は今でも一切無いのだ。韓国政府は当然これを、日本政府を強請る材料にしてきた。

1996年に吉田清治の『嘘』が暴かれ、本人も『全てフィクションです』と認めたが、すでにデマに尾ひれが付いていたことと、歴代首相の謝罪が“嘘を本当のように強く印象づけていた”ので、自称慰安婦はそのまま反日と賠償要求を続ける。

プロの「泣き屋」を数名連れてきて、訴えてきた。このプロの「泣き屋ばあさんたち」は証言がその都度変わるので、生き証人として採用されなかったと聞かされている。彼女たちが語っている内容が、日本軍ではなく中共軍相手に売春をしていたようだ。

問題なのはこういったデマとプロの泣き屋ばあさんの演技に、まんまと騙されたお人好しで苦労知らずの2世議員、河野洋平。彼が何の検証もせず、証拠も無いのに想像の範囲で「河野談話」を発表して謝罪した。これが韓国政府や韓国人の、日本人批判に勢いを与えた。それに便乗して反日勢力が後押しをし、捏造に捏造を重ねたのだ。

大捏造の従軍慰安婦問題は米国で何度も却下され、最終的に米国連邦最高裁判所(U.S.Supreme Court)にて却下されて大敗訴となった訴訟です。
しかし、「河野談話」が尾を引き、2007年6月26日にアメリカ合衆国下院外交委員会において「旧日本軍慰安婦謝罪要求決議」が可決された。これはマイク・ホンダという日系3世のサンノゼ市選出の下院議員が、情報不足、認識不足、勉強不足の下院議員たちを詐欺師のよう説得したのだ。彼にとって選挙区の北カリフォルニア・サンノゼ市は中華系や韓国系の支持者が多く、特に韓国系が大口スポンサーに多い。
だが、心配ない。下院は何の法的強制力も拘束力も無い。その後、何人かの同志が手紙やメールを出し、何人かの下院議員が事の重大さに気付き、その後、「ありがとうメール」が送ってきたそうだ。
勿論、上院は議長だった日系2世の長老議員、ダニエル・イノウエなど圧倒的な数で認めない決議となった。


中国の「南京大虐殺」「100人斬り」のウソとデマ同様、韓国人は「竹島」「従軍慰安婦」「東海」問題を自分たち好みに歴史を捏造し、塗り変えることに躍起になっている。その上、最近では「対馬」まで韓国のものだと訴え、抗議し始めている。

対馬市長選挙が今月の26日に投票され、同日に開票される。三つどもえ戦で、現市長(竹島観光の船を運営している韓国会社に補助金を出した)と元市長(韓国人を受入れ、韓国人に土地所有を許可した)と、現在のコリアタウン化した対馬市を危惧する、元市議で会社役員の真正保守候補者の戦いだ。

私は日本の選挙法を理解していないので、あえて名前は伏せる。対馬市民には長期的な視野でどうなって欲しいのかよーく考えて選択してもらいたいものだ。

それにしても竹島問題、尖閣諸島問題もノンビリ構えてられない状況だ。このままだと竹島は韓国、尖閣諸島及び沖縄までも中国に奪い盗られることだろう。

しかし、日本政府は言葉とポーズだけの「遺憾だあ!」「抗議した」に終始している。完全にナメられているのだが、気にしている気配も感じられない体たらくだ。もう日本の政治家も官僚も国益のための「正義」「義務」「使命」「覚悟」「制裁」を忘れたのか?情けない事なかれ官僚に成り下がった。

今の日本政府は真剣に国民を危険から守ろうともせず、日本の未来像も描けず、戦略すら無い。官僚も国民に目が行かず、省益しか考えていない。平和ボケと売国奴が入り交じった信念が無い、ひ弱で小粒のゴマスリ政治家ばかりだ。

この体たらくは小選挙区制に問題があるのか?1970年代には中川一郎、玉置和郎、田中六助、園田直(たちあがれ日本の幹事長・園田博之氏の父親)など優秀な足腰がしっかりしていた政治家がいた。

「大阪維新の会」も期待していたのだが、教育改革はともかく、次期衆院選公約「維新版・船中八策」の骨格に国家観がない。もし、国家観が無い素人国会議員が、ムードやブームに乗って大量に誕生したらどうなるのだろうか?現在の民主党とたいして変わらないのではないか?
橋下氏はもっと石原慎太郎氏や平沼赳夫氏のような大先輩に御指導をお願いした方がいい。

一日も早く真正保守政権が誕生して、自衛隊を正式に国軍にしなければ、舐められたまま日本は経済も国力も弱体化していく事だろう。

ここアメリカでは中華系新移民を除いたアメリカ生まれのチャイニーズは完全にアメリカ人化している。今や5世、6世もいる時代だ。私は何人か、箸もろくに使えないチャイニーズを知っている。彼らは、一般のアメリカ人同様、中華系新移民には違和感を感じ、差別化をはかっている。だから、戦前からの多くのチャイニーズ系アメリカ人は日系人と共にアメリカではどうにか問題もなく生きてきたのだ。元流民は今やアメリカ人なのだ。

だが、韓国系は違う。彼らはここアメリカでは日本人にとって脅威の対象である。彼らは政治や歴史に関しての執念深さは尋常ではなく病的だ!まるで自覚症状がない嘘つきPathological Liar(病的虚言者)だ。

彼らの多くは1975年以降に渡米した、ベトナム戦争に参戦した韓国軍人を中心とした新移民やその子供たちだ。アメリカ政府が彼らに永住資格を与えたからだ。彼らはベトナム戦争に従軍して米国軍人の数倍の女、子供を含めたベトナム人を無差別に殺戮した。その残酷な戦い方はベトナム人に聞けばよくわかる。そんなベトナム人にとって悪魔のような軍人は、韓国では国立墓地で名誉の死として扱われ、靖国神社に眠る日本の軍人は罪人か?

韓国系はその後、帰化し、兄弟や親戚をアメリカに呼び寄せ、人口を拡大してきた。アメリカに於いて歴史が浅い分、ハングル語がまだ飛び交う。新聞、テレビも韓国語で情報が伝達される。

その点、日系人は環境にもよるが、二世は日本語を片言、三世(私の世代)が話せず、四世、五世がアイデンティティーに目覚め、日本文化に関心を持ち始めてきているのが現状である。日系社会が今後、日本文化を継承出来るか、先は不透明で楽観出来ない。今が正念場である。

ここアメリカで韓国系は1990年代から反日ロビー活動を本格的に開始していたが、ここ5、6年は、日本の文化を奪い盗ろうとする行動に出ている。
キムチは世界に誇れないと悟ったのか、それ以外に誇れる文化を築いていない焦りか、最近は日本人街を植民地化しようとしているようだ。

最近は次から次へと不安材料ばかりが増える。日本政府の不甲斐ない姿勢に、中国や韓国の横暴さが助長されていくようだ。
早く、国として当たり前の事を堂々と言い、行動に移せる政府を作ってもらわなければ、尻拭いばかりやらされるのも限界だ!
韓国系でも何も知らない若者はいい連中もいるが、いったん洗脳されるとまるで病気が脳に伝染し、マインドコントロールされ、狂い始める。これが朝鮮半島教というカルト宗教の恐ろしさだ!
日本人が、そのカルト宗教にはまらない事を祈る。韓流ドラマ教とK-POPS教にマインドコントロールされた女性も多いが・・。




プロフィール

Chris Ryouan三宅

Author:Chris Ryouan三宅
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在米通算35年以上。我が祖国・日本大好き人間です。日本文化や先人たちが築いた功績を最大限に評価している。北米日台同盟会長、L.A・日本をよみがえらせる会代表。柔道2段、合気道、居合道、相撲初段。

日本に帰国する度、生活様式、行動様式がシナ人、朝鮮人化する日本人を見て危惧している。
外国人参政権には絶対反対。どこの国がそれを実施しているというのだ?在日特権廃止、パチンコ撲滅を願っている。

TPPにも基本的には反対。受け入れると日本の国柄を失い、日本人らしさを失い、3万5千社以上ある100年以上続いた老舗企業の多くが数年のうちに姿を消す事になる。日本文化が失われ、現在のアメリカのような、金に心を奪われた自分勝手な人間社会が出来上がるのだ。

国民が知らないうちにシナ人、朝鮮人、不良外国人が繁殖した日本。世界中でダントツに治安がいい国と評価されていた日本が、このままだとトップの座から転落する。

気がつかないうちに自虐史観、日教組教育に染まった日本人。

今後の日本は、私が支持している真正保守が力を発揮する舞台を用意しなければ、日本は国柄を失い、伝統や文化が廃れ、日本は本来の姿を失うことになる。そうならないために、私は声を上げ続ける決意だ。

それにしても3年4ヶ月の詐欺師、嘘つき、素人、売国奴の旧民主党政権が残したツケは大きい。

日本の国益を損ね、在外邦人の名誉、信用、尊厳、誇りに傷をつけた国賊の河野洋平は許せない。そして息子の太郎も、外務大臣として、近いうちに父親の「河野談話」を白紙、撤廃しなければ、憎み続けるつもりだ。

鳩山由紀夫、菅直人、民進党、社民党は大嫌いで目障りだ!
このままだと、私が笑顔で過ごせる祖国がなくなってしまう。
日本人が一日も早く気づかないと取り返しがつかなくなる。そのため、遠くロサンゼルスから声を張り上げる。


ブログ「L.Aからよもやま話で目からウロコ!」
http://chrisyoshimiyake.blog.fc2.com/にも立ち寄って下さい!
https://twitter.com/ryouansensei
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