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L.A発、よみがえれ我が祖国・日本!
目からウロコの気になる情報、話題、日本への提言。L.Aからモノ申す!
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「若者には、信念を持って今ではなく将来の自分をイメージして就職活動してもらいたい!」

「若者には、信念を持って、今ではなく将来の自分をイメージして、就職活動してもらいたい!」

就職シーズンが毎年やってくる度、人気就職先の会社ランキングが発表される。私はそのランキングを見る度、不安を覚える。そういった企業の本社ビルが10階建てで自社ビルだから安心と言う時代ではない。
みなさん、20年前のランキングと比べてみてください。今や銀行は人気がないし、10年後に存続しても、半数はリストラされるだろう。

そりゃあ、親は立派な本社ビルを見て安心し、自慢をしたくなる事だろう。だが、経済の先行きの見通しが不透明な時代に何が起こってもおかしくないことを想定しなくてはいけない。
就職先が狭いワンルームや倉庫の一角であろうが、5年、十年先、年商10億円、100億円の企業に生まれ変わる事もある。そうなった時、立ち上げメンバーは5年で役員になる可能性だってある。
人生の勝負は、出身校、容姿、勤め先、コネ、性格の善し悪しで決まるとは限らない。勿論、高い教育を否定はしないし、人相も重要な要素ではある。ただ、偏差値が高い大学へ入ったことで安心は出来ないし、大手企業に就職出来たからと安心はできない。

日本はかつてのような終身雇用が約束される時代ではない。肩書きをチラつかせて上から目線でネットワークを広げても、いざ、再就職する時には役に立たない。常に謙虚な姿勢と危機意識は持ち続け、人間力を磨いてほしい。
海外でチャレンジするのもいいし、親の仕事を引き継ぐのもいい。だが、その前に、自分を知り、何が得意か、何が苦手か、何をやりたいのか、純粋な気持ちで自分の心の中を覗き込む必要がある。

今の時代、役人が一番と安定職を選ぶのも自由だが、地方自治体も存続を危ぶまれる時代である。何事も想定しながら、それが自分のやりたいことなのか、よーく考えて選んでいただきたい。

学校を選ぶのも、会社を選ぶのも、何のために働くのか?誰のために働くのか?どういう人生を歩みたいのか?日本人として、祖国にどんな恩返しが出来るか?そういった問いを自分にしてから就職活動をしてもらいたいし、親は子供とコミュニケーションをマメにとって子供を信じ、自分の期待を押し付けず、精神的にサポートしてくれることを願っている。



「日本の子供にはお金の有り難さ、家族の尊さを教えた方がいい」

「日本の子供には、お金の有り難さ、家族の尊さを教えた方がいい!」

カリフォルニア州ベーカーズフィールドから50キロの北部に人口2万2千人の町、マクファーランドがある。ここは、カリフォルニア州の中でも、とても貧しく、治安が悪いメキシコ移民が多く住む町として知られている。多くの親は農場で働く単純労働者だ。

子供が10歳を過ぎると、毎朝、5時頃から8時頃まで家族総動員でイチゴやポテト農場で働き、それから学校に向かう。多くの子供の親は、そのまま農場で働くので、子供の送り迎えはできない。子供はバス代も勿体ないと、農場から学校まで、そして、学校から自宅まで走って向かう。そして、家計を助けているからこそ、家族の団らんと食事にありつけるのだ。だから、彼らが通う、マクファーランド高校はスポーツなどのクラブ活動では目立った成績を残した事がなかった。

そんな時、ジム•ホワイトという白人の教師が赴任してきた。彼はアメリカンフットボールのコーチで、ベーカーズフィールドの高校をクビになり、仕方なく環境が悪いこの学校の体育、社会学とフットボールのアシスタントとしての仕事のオファーを引き受けざるを得なかった。だが、フットボールコーチと指導方法で揉め、アシスタントを解任される。

そんな時、生徒の多くが走って登下校をしている姿を目の当たりにし、クロスカントリーのコーチに初チャレンジし、紆余曲折があったが、町の住民の協力もあって次の年の1987年、カリフォルニア州のチャンピオンとなる。勿論、その間も、クロスカントリーチームの7人は早朝から毎日、農場で過酷な労働をやりながら走り続けた。

7人のメンバーの親は中学さえ卒業しなかったが、彼らはその後、全員が大学でクロスカントリーや陸上を続け、教師、警察官、新聞記者などになった。
その後、マクファーランド高校は、14年間で9回カリフォルニアチャンピオンとなり、Kevin Costner主演で映画化もされた。

こういう環境の少年達と、日本の少年を比較してもしょうがないのだが、今の日本の少年達の多くは、勉強をしなくても、家計を助けなくても、感謝もなく食事にありつけるのが当たり前で、後片付けも洗濯も掃除も買物の手伝いもしないのに、欲しいものは手に入る環境に何の疑問も持たない。昔の人がよく言ったものだ。働かない者食うべからずと。

ちなみに、私は、そこまでの必然性はなかったが、小学校6年生から1年間、邦字新聞(羅府新報、加州毎日)を自転車で配達していた。中学に入ってからは母が洗濯屋を始めたので、毎日、学校からバスに乗って、洗濯屋の手伝いを4時間やっていた。

その後も、学校に通いながら皿洗いや病院でのバイト、土曜日は庭師なども経験した。だから、小学6年生から、小遣いはもらう事もなかった。そう言った社会経験が、私を幼くして成長させてくれた。私にとって、日本の若者の精神年齢がとても幼く思えるのはそういった経験が欠けているのに、権利だけは要求するのが当たり前だと信じ込む教育を親、教師、社会、テレビ番組などから擦り込まれているように映るからだ。

私は私の経験を押しつけているわけでも、価値観を押しつけているわけではない。誰が正しいかは神のみぞ知る。ただ、アメリカを訪問する日本人の中高生が、100ドル札を何枚も所持して買物をする姿を見かけると、ついおかしいと思ってしまう。自分で稼いだ事もない少年達が、安易に100ドル札(1万円)を何枚も持ち歩いて、当たり前のような顔をして買物することに違和感を覚える。アメリカでは個人差はあるだろうが、中高生が持ち歩くのはせいぜい20ドル札が普通だ。

社会経験値が低いことに何の疑問も持たず、自由を勘違いし、不満を漏らす若者がそのまま大人になっていき、18歳から選挙に参加するのだ。彼らが社会や政治をどう見て、どう考えているのか、機会を作って多くの若者と話し合ってみたいものだ。


「L.Aで身障者とのよもやま話」

私が通ったハリウッド高校は、今ではL.A校区を代表する荒れた高校になってしまったが、私が通っていた頃 ( 1968~1971) は、文武両道で他校の模範となった学校だった。もう50年前の話だ。この高校は、当時、目が不自由な生徒や、耳が不自由な生徒の特殊クラスがあり、遠くからも通ってきて30名ほどが在籍していた。

私は音楽を専攻していたので、目が不自由な生徒とコーラス隊や音楽のクラスが一緒だった。時折、彼らをサポートしたこともあり、彼らからはいろいろ学ぶ事があった。目が不自由な分、音には敏感で、特に音楽では彼らの才能が生かされていた。
耳が不自由な難聴の生徒たちも私になぜかなついていた。その中に沖縄出身の日本人が一人、そしてアメリカ生まれの日系人が一人いた。

日系人のポールは、フットボールチームの名キッカーだった。耳が不自由でも試合に支障がないキッカーとして、ロサンゼルスの高校選抜にも選ばれたこともあった。
驚いたのは、アメリカでは彼らを特別扱いせず、普通に学校生活を送らせていたことだ。甘やかす事もないし、親が出てくる事もほとんどなかった。

私は、こういった高校生活を送っていたので、日本の身体障害者行政に疑問を持つことが多い。アメリカではバリアフリーの整備が進んでいて、日本より身障者に対する国民意識が高い。そのせいか、身障者の多くが自立して生活している。

我が高校にはもう一つ特殊クラスがあった。それは「高校生の母親クラス」だ。彼女たちの中にはシングル・マザーも多かった。高校生であっても、やけに大人びていた生徒が多かった。みんなそれぞれ事情があって子供を出産したのだろう。それを問い詰めることもなかった。何人かは同じクラスだったのだが、からかったり、イジメたりすることもなかった。
もし、日本でこういった特殊クラスがあると、私が間違っているかもしれないが、面白がって、からかったり、虐めたりするような気がする。特に日本の高校生は社会との関わりが、まだ欠落しているし、考え方や経験値が幼い。

日本で選挙権が18歳に引き下げられたが、私は日本はまだ準備不足だと何度も訴えていた。政治経済に関心がない、仕事もしない、大人の友達もいない、政治や政府についての学習不足で経験値が低い高校3年生以上が選挙?勘弁してくださいよ!

我々は彼らに社会の仕組みや政治を指導していかないと、腐った政党の民主党、社民党、共産党に洗脳され、手なずけられてしまう。

30年前、日本食レストランでマネージャーをやっていた頃の話だ。その当時、たまに寿司カウンターに座る、20代後半の盲目の女性がいた。私は彼女に、どうやってここに来るのか聞いたことがある。彼女はバスを利用して、バス停から白杖を手に、レストランまで歩いて大好きな寿司を食べに来ていたのだ。

彼女は日本人である私を信用していたので、私が食後、勘定を彼女の耳元でささやき、彼女は札には何らかの印を付けていたのだろうか、ちゃんと料金を私に払ってくれた。私がおつりを渡すと、コインを指で確認して、札は「これは何の紙幣ですか?」と私に聞いた。彼女はまわりにも、私たちにも迷惑どころか、ちゃんとチップまで渡してくれた。

いつもニッコと微笑んで、日本語で「ありがとう」と言ってバス停に向かっていた。今頃、彼女はどうしているのだろう?これが、アメリカだ!

しかし、最近の日本食レストランはシナ人や韓国人が働くので、おつりをちゃんと貰えるのか心配だ。その後、技術も進化したので、何らかのツールが開発されたかもしれない。

そういえば私が小学6年生の頃、テキサスの選抜チームと柔道の試合をして、私の相手が肘から先が無い少年だった。この少年がとてつもなく強く、寝技で押さえ込まれて私は敗退した。

1960年代この頃のL.Aは柔道が盛んで、ロサンゼルス近郊に柔道道場が150ほどあった(今は20ぐらい)。私の世代の日系3世や日本から移民で入ってきた日本人の子供の多くは柔道、剣道、空手の道場に通わされて日本文化と関わる事が出来た。
しかし、残念だが、日系日系4世、5世は、日本文化との関わりが少なくなり、異人種の「日本オタク」の方がずっと日本に詳しい印象だ。

私は柔道では、L.A近郊では強い部類に入っていたし、負け知らずだった。だが、肘から先がない少年に、どこか気持ち悪いと偏見があったのだろうか。遠慮があって、力を出し切れなかったのも、気持ちに隙を作ったのも、私が弱く、相手が強かったからだ。勝負事は結果が全てだ。

その後、何人かこういった少年とつき合うようになって、彼らとは普通に接することができるようになった。

このテキサスからの少年との対戦で、一生忘れられない敗北感を味わったのは事実で、その後、私の稽古への取り組み方が変わったように思う。


「日米で気づいたことを、言いたい放題書き綴った」

「日米で気づいたことを言いたい放題書き綴った」

60年代のアメリカではレディーズファーストが当たり前だったが、その後、男女雇用均等法や女性の地位向上につれ、最近はあまり聞かなくなった。たまに小生意気な白人女性が女性優先を当たり前のように振る舞う。何かわざとらしい、不自然な世の中になったと実感する事が多くなった。

最近は、まず、日本と同様、若者の言葉遣いや年配者を敬う態度が欠如してきたように思う。「サー」と声をかけなくて「ヘイ・マン」「ヘイ・ドユー」はないだろう?たまに不愉快になって知らん顔をする自分がいる。
「マダム(マーム)」も聞かなくなった。
若造が、人にモノを頼む時、横柄で命令調な態度は頂けない。

テレビで男女のデート番組を見ていると、アメリカ女性の我がまま、アメリカ男性の女性をセックスの対象としか考えていない、無礼な態度と振る舞いが60年代のアメリカではあまり見かけた記憶がない。

スポーツクラブでも、人が出入りする通路にバッグや荷物を置くのは事故の元だ。器具を使用するときも、譲り合い精神を大事にしてもらいたい。最近は世界各国の新移民が多く、多様の文化、価値観が入れ混ざって、アメリカ的な香りが少しずつ失われていく。

日本が価値観や判断基準を今のアメリカに追随するとどうなるか、恐ろしい気になる。まだ、60年代には善悪がハッキリしていたし、正義感を持った若者が多かった。
私は戦争は反対だが、徴兵制度が終わった70年代の後半以降から、アメリカ社会が乱れてきたように思う。

現時点では日本の若者のレベルはまだまだアメリカと比べると、数段、まともだ。
それは、学校や家庭で譲り合いや、チームワーク、整理整頓、宿題に厳しく、窓拭きや雑巾がけや、墓参り、葬式、仏壇に手を合わせたり、葬儀などでの苦しい正座で忍耐を学ぶからだろう。

これらを実践している若者は少なくなったとはいえ、まだまだ存在すると信じている。
こういったアメリカでは考えられない素晴らしい習慣が、一部のアニメや漫画愛好家に新鮮に映るのかも知れない。世界中のそういった若者たちが、日本文化を身近なものにし、日本人の考え方、道徳観や習慣を模範にしようとしている。

世界が日本を模範にしようとしている時、日本に住む日本人や日本政府は自国に自信がないのか、アメリカだけではなく、世界中から嫌がられている中国や韓国に媚を売って、彼らから何を学び、何を得ようとしているのだろうか?
そんなに自ら、嘘だらけで、お互いを信用出来ない社会にしたいのだろうか?

日本人は「ウソをついてはいけない」、「他人に迷惑をかけてはいけない」と教わってきた。しかし、中国や韓国は「騙されてはいけない」「メンツを潰されたら仕返しを」といった自分よがりで、他人を騙しても騙された方が悪いといった教育だ。これが混じり合うわけがない。

アメリカは道徳観念や責任を強く求めず、自由が強調され過ぎてきた。アメリカにもモンスターParentsがいるようだが、多くは教育レベルが低い親が、教師をまるでベビーシッターかのように、教師に何でも押し付けるケースが目立つ。
最近、公立小学校を午後5時、6時まで延長する動きまであった。これは親が仕事の都合で、早い時間に子供を迎えに行きたくないからだ。要するに小学校が教育の場ではなく、子供の預かり場でしかなくなってきたからだろうか?

日本は何を勘違いしているのか、アメリカから学ぶべきものを学ばず、アメリカで社会問題になっていることを、後追いするようになった。犯罪も今までの日本では考えられなかったが、今ではシナ型やアメリカ型の犯罪が目につくようになった。

ヒスパニック系の不法移民の子供の多くは、テレビを遅くまで見たり、週末のパーティーに親と一緒に深夜過ぎ起きてはしゃいでいる。そのため、学校では居眠りする子供が多いと聞く。親の子供への展望や、教育や将来にかける考え方が日本人とは大きく異なる。

アメリカは子供の頃から独立心を植え付けるのが伝統と言われてきた。だから日本より自立するのが早いように思う。確かにアメリカの子供たちはマセている。しかし、最近は中国や韓国などからの移民が増え、必要以上に溺愛し、可愛がり過ぎる事で自立出来ない、スポイルされた若者が目立つ。

アメリカでは祖父母は孫の面倒を必要最小限しか協力しない。「もう十分、金、労力、時間を使って子供たちを育て上げた。その上、孫の面倒まで見る必然性はない。私たちは今後、老後を楽しむ権利があるのだから」と多くの老人たちはシニア・ライフをエンジョイしようとしている。
日本の老人が「孫が可愛くて、それが生き甲斐」とは大違いだ。

アメリカでは奨学金制度が発達しているので、成績が良かったり、本人がやる気があれば、ローンが組まれやすい。ケース・バイ・ケースだが、一部の金持ち、アジア系を除いて、子供が大学を卒業して働くようになったら、給料から返済していく場合も多い。

日本も親が授業料を出すのは勝手だが、金の値打ちや社会の厳しさを知るには、彼らの将来なのだから、責任を持たせた方が親の有り難みがわかり、自力で何事も実現しようと努力するようになると思うのだが。
授業料や生活費の仕送りをしてもらうことが決して当たり前ではない事を、教えていくべきだ。日本で生活して、「当然だろ」といった、私の経験値とは異なる風潮に、戸惑ったものだ。

ただ、現在の日本は外国人留学生には至れり尽くせりで、彼らは奨学金を返済する必要はない。だが、日本人は卒業しても就職が約束されていない中、卒業してから返済の重圧に悩まされることになる。日本政府はもっと日本人を大切にして、日本の将来を担う若者を支援していただきたい。

「かわいい子には旅をさせろ!」
今はネットの時代なので、アメリカ留学が全てではない。安く英語を勉強したいのなら、インド、フィリピン、シンガポールに行く選択もできる。こういった国々で、貧富の差に触れて、日本の若者が恵まれ過ぎて、それに気づいていないことを感じ取ってもらいたい。ウズベキスタン、キリギスタン、ラオス、ベトナム、アフリカ諸国などの発展途上国から学ぶ事はいっぱいある筈である。

まず、勇気を持って第一歩を踏み出してもらいたい。そして、いかに日本が素晴らしい国か、日本人が正直で信用され、評価されているか、身を持って感じ取ってきてもらいたい。
先人たちは貧しく、何も情報がない時代から、海外に出て活躍してきた。海外から学び、その積み重ねと、日本人の創意工夫、サービス精神、ボランティア精神、こだわりが今日の日本を創ったのだ。

海外に出かけ、長く住んでいると、いかに日本が素晴らしい国か、日本人に生まれて良かったか、再確認出来る。日本人として恥ずかしくない生き方をしながら、日本人が持つ潜在能力を発揮してもらいたい!


「有権者予備軍の高校生の近現代史や政治教育はどこまで進んでいるのか?」

選挙権を18歳からという話を聞いていたのに、高校での本格的な「近現代史」授業がまだ検討段階で、イマイチ徹底していないようだ。はたして、日教組がどういう近代史授業を行うか、関わるのか聞こえてこない。

中韓との歴史認識のズレを、日本人目線で教え込んでもらいたい。米中韓露には最低限の反論知識と情報を高校生には持ち合わせてもらいたい。選挙年齢を18歳に下げるのはいいが、ちゃんと日本の立場で教えないと勘違いした票が増えるだけだ。
今になっては18歳以下の教育どころか、多くの大人が自虐史観に染まっているか、無関心なのが気になる。

私が高校に行った1960年代後半のアメリカでは、高校3年生になると前半は「政府」という科目で米国政府の役割などを教わり、後半は「アメリカの社会問題」の授業を受講し、アメリカで起こっている社会問題を教室で議論したものだ。

この授業は、積極的に議論に参加し、私自身の正論を述べさえすれば、内容が伴わなくても、それなりに評価してくれた。先生が口を挟まないから、自由に素直な議論が出来た。若い時にこう言った意見交換が、考え方や社会との関わりを学ぶ大きな力となったと思う。

日本の場合、高校生で社会と強い関わりを持つのは、仕事をやっている者、アルバイトをする高校生などまだまだ数は少ない。それ以外は同世代の友達のみで、大人と深い繋がりがない高校生だけである。有権者予備軍の高校生には日本の近代史、政治、社会学など教え込まないと、1票の重要さが理解できまい。



世界中が日本を模範にしようとしている時、日本人や日本政府は自国に自信がないのか、アメリカだけではなく、世界中から嫌がられている中国や韓国に媚を売って、どこに向かおうとしているのか?
60年代のアメリカではレディーズファーストが当たり前だったが、その後、男女雇用均等法や女性の地位向上につれ、最近はあまり聞かなくなった。たまに小生意気な白人女性が女性優先を当たり前のように振る舞う。何かわざとらしい、不自然な世の中になったと実感する事が多くなった。

最近は、まず、日本と同様、若者の言葉遣いや年配者を敬う態度が欠如してきたように思う。「サー」と声をかけなくて「ヘイ・マン」「ヘイ・ドユウ―ド」はないだろう?たまに不愉快になって知らん顔をする自分がいる。
「マダム(マーム)」も聞かなくなった。
若造が、人にモノを頼む時、横柄で命令調な態度は頂けない。

テレビで男女のデート番組を見ていると、アメリカ女性の我がまま、アメリカ男性の女性をセックスの対象としか考えていない、無礼な態度と振る舞いが60年代のアメリカではあまり見かけた記憶がない。

スポーツクラブでも、人が出入りする通路にバッグや荷物を置くのは事故の元だ。器具を使用するときも、譲り合い精神を大事にしてもらいたいものだ。最近は世界各国の新移民が多く、多様の文化、価値観が入れ混ざって、アメリカ的な香りが少しずつ失われていく。

日本が価値観や判断基準を今のアメリカに追随するとどうなるか、恐ろしい気になる。まだ、60年代には善悪がハッキリしていたし、正義感を持った若者が多かった。
私は戦争は反対だが、徴兵制度が終わった70年代の前半から、アメリカ社会が乱れてきたように思う。

現時点では日本の若者のレベルはまだまだアメリカと比べると、数段、まともだ。
それは、学校や家庭で譲り合いや、チームワーク、整理整頓、宿題に厳しく、窓拭きや雑巾がけや、墓参り、葬式、仏壇に手を合わせたり、葬儀などでの苦しい正座で忍耐を学ぶからだろう。

これらを実践している若者は少なくなったとはいえ、まだまだ存在すると信じている。
こういったアメリカでは考えられない素晴らしい習慣が、一部のアニメや漫画愛好家に新鮮に映るのかも知れない。世界中のそういった若者たちが、日本文化を身近なものにし、日本人の考え方、道徳観や習慣を模範にしようとしている。

世界が日本を模範にしようとしている時、日本人や日本政府は自国に自信がないのか、アメリカだけではなく、世界中から嫌がられている中国や韓国に媚を売って、彼らから何を得ようとしているのだろうか?
そんなに自ら、嘘だらけで、お互いを信用出来ない社会にしたいのだろうか?

アメリカは道徳観念や責任を強く求めず、自由が強調され過ぎてきた。アメリカにもモンスターParentsがいるようだが、多くは教育レベルが低い親が、自分たちが楽をし、教師に何でも押し付けるケースが目立つ。

日本は何を勘違いしているのか、アメリカから学ぶべきものを学ばず、アメリカでも問題になっていることを、後追いするようになった。犯罪も今までの日本では考えられなかったが、今ではシナ型やアメリカ型の犯罪が目につくようになった。

ヒスパニック系の不法移民の子供の多くは、テレビを遅くまで見たり、週末のパーティーに親と一緒に深夜まで楽しみ、学校では居眠りする子供が多いと聞く。親も子供の教育や将来の展望が、日本人とは大きく異なる。

アメリカは子供の頃から独立心を植え付けるのが、日本より早いように思う。日本や中国などは、祖父母が孫を必要以上に可愛がり、甘やかす。

アメリカでは祖父母は孫の面倒を必要最小限しか協力しない。「もう十分、金と労力を使って子供たちを育てたのだから、孫の面倒まで見る必然性を感じない。私たちは今後は、老後を楽しむ権利があるのだから」と多くの老人たちはシニア・ライフをエンジョイしようとしている。

アメリカでは奨学金制度が発達しているので、成績が良かったり、本人がやる気があれば、ローンが組まれやすい。ケース・バイ・ケースだが、一部の金持ち、アジア系を除いて、子供が大学を卒業して働くようになったら、給料から返済していく場合も多い。

日本も親が授業料を出すのは勝手だが、金の値打ちや社会の厳しさを知るには、彼らの将来なのだから、責任を持たせた方が親の有り難みがわかり、自力で何事も実現しようと努力するようになる。

「かわいい子には旅をさせろ!」
今はネットの時代なので、アメリカ留学が全てではない。安く英語を勉強しにインドやフィリピンに行くのもいい。貧富の差を見て、何かを感じとってきてもらいたい。ウズベキスタン、キリギスタン、ラオス、ベトナム、アフリカ諸国などの発展途上国に行って、学ぶ事もいっぱいある。

まず、勇気を持って第一歩を踏み出してもらいたい。
そして、いかに日本が素晴らしい国か、日本人が信用され、評価されているか、身を持って感じ取ってきてもらいたい。

そうすることで、先人の偉大さや日本人に生まれた事を、誇りに思って欲しい!


乙武洋匡氏の始球式と私の高校時代の障害特殊クラスの思い出!




Youtubeで久々に感動的な始球式を見た。
5月6日、被災地仙台のKスタ宮城での楽天対西武戦。乙武洋匡氏が投げたボールは残念ながらキャッチャー・ミットまで届かなかったが、気合いと気持ちが入った、素晴らしいボールだった。

以前、88年~99年頃までメジャーで活躍した、右手首から先が無い、左腕投手、ジム・アボット投手がいた。彼は障害を持ちながら、ドラフト1位でエンジェルスに入団した。その時、こういう選手をプロ選手に育てた、アメリカの環境にあらためて偉大さを感じたことを思い出した。

彼は高校2年生でチームのエースになり、投げては10勝3敗、防御率0.76を記録し、完全試合を2回を含むノーヒット・ノーランを4回記録した。さらに、投げない日はレフトを守り、打撃成績は.427で、7本のホームラン、打点36を記録した。彼は野球以外でもフットボールでも高い才能を見せたそうだ。

大学でも3年で中退してエンジェルスに入団する前は、26勝8敗、防御率3.03という好成績を残した。その前はアメリカ代表で1988年のソウル・オリンピックにも出場した。
メジャー1年目は12勝12敗、防御率3.92をマークした。
彼は隻腕投手でありながら決して話題だけの投手でないことは十分に証明できたと言える。2年目となる1990年は10勝14敗、防御率4.51という数字に終わるが、翌1991年は18勝11敗、防御率2.89という好成績をマーク。

彼はその後、1999年までメジャーに在籍した。通算成績は87勝108敗、防御率4.25だった。
一時期、ヤンキースで野茂のチームメートだったこともあった。

私が通った高校は、今では荒れた高校になってしまったが、私の頃 ( 1968~1971) は、文武両道で他校の模範となった学校だった。もう40年以上前の話だ。この高校は、当時、目が不自由な者や、耳が不自由な者の特殊クラスがあり、30名ほどが在籍していた。

私は音楽を専攻していたので、目が不自由な生徒とコーラス隊や音楽のクラスが一緒だった。時折、彼らをサポートしたこともあった。
耳が不自由な生徒たちも私になぜかなついていた。日本人が一人、日系人が一人いた。
日系人のポールは、フットボールチームの名キッカーだった。耳が不自由でチームワークが必要ないキッカーで、ロサンゼルスの高校選抜にも選ばれたこともあった。

驚いたのは、アメリカでは、彼らを特別扱いせず、普通に学校生活を送らせていた。
私は、こういった高校生活を送っていたので、日本の身体障害者行政に疑問を持つことが多い。アメリカでは、多くが自立している。
そんな中、乙武洋匡氏の努力と、人格形成には、頭が下がる。その事実、現実と向き合う姿勢は尊敬に値する。

我が高校にはもう一つ特殊クラスがあった。それは母子クラスだ。彼女たちはシングル・マザーも多かった。16歳ぐらいで、やけに大人びていた生徒が多かった。何人かは同じクラスだった。こういったクラスは日本では無理なのだろうか?

私が若い頃、日本食レストランでマネージャーをやっていたが、その当時、たまに寿司カウンターに座る、20代の盲目の女性がいた。私は彼女に、どうやってここに来るのか聞いたことがある。彼女はバスを利用して、大好きな寿司を食べに来ていたのだ。食後、勘定を耳元でささやき、彼女はちゃんと料金を私に払い、私がおつりを渡すと、ニッコと微笑んで、ありがとうと言って、バス停に向かっていた。これが、アメリカだ!

そういえば、私が小学6年生の頃、テキサスの選抜チームと柔道の試合をして、私の相手が、片手の手首の先が無い、少年だった。この少年がとてつもなく強く、私は寝技で押さえ込まれて、敗退した。
1960年代この頃は、柔道が盛んで、ロサンゼルスに柔道道場が100以上あった。日系人の子弟の多くは柔道の稽古に通っていた。その中でも、私は強い部類に入っていたのだが、このテキサスからの少年との対戦で、一生忘れられない敗北感を味わったのだ。


役人、教育者、親の事なかれ主義が次世代の日本人を弱々しくする!
相次ぐ柔道事故で武道の必修化に疑問の声?

何を言っているんだ?柔道や武道の問題ではないだろう?指導者と管理者の問題だろ?
私の提案。そもそも柔道の心得がなく、指導資格者がいない学校は、コミュニティーの協力を仰げばいい。大体学校区やPTAに柔道や他武道の有段者がいるだろう?
それにしても情けないのは、学校、特に体育の教師に指導資格がある有段者がいないことである。それだけ、私の時代と異なり、柔道が身近なものではなくなったのだろう。

結局、海外の柔道、空手道場で受け身や基礎を徹底して教えなくなったことと共通している。最近の子供たちは強くなりたいのだが、基礎訓練は退屈でつまらないと思っている。すぐ、実践稽古をしたいのだ。これすべて、指導の仕方で変るものなのだが・・・。

私は、父がすでに柔道場主だったので、11歳に渡米した翌日から柔道を始めた。60年代のロサンゼルスは柔道が盛んだった。ロサンゼルス近郊で道場が100以上あった。当時の同世代の日系人は、日本人のルーツを知るためとアイデンティティーを身に付けるために、多くが剣道、柔道、空手の道場に通わされたものだ。試合も各地で毎週のようにあった。各試合も参加者が200人~300人ぐらいいた。

学校での柔道は強くなるためにやるのではない。強くなりたいなら、徹底的に何年も続けなければその目的を達成することはできない。日本人のアイデンティティーと、武士道精神を何となくでいいから感じとり、基礎的動作を学べればいいのだ。海外に出ると、日本人らしさが存在感に重みを加えてくれる。

指導者は、人間形成の一環として、面白い、面白くないからじゃなく、何度も飽きるほど、身体に覚えさせるのが受け身であり、基礎訓練だ。やっているうちに基礎体力と運動能力が備わってくる。

柔道で怪我や死亡事故があることは、準備体操を怠っていた、生徒がふざけていた、受け身をマスターしていなかった、先生が柔道を知らず甘く見ていた、技も受け身も出来ないのに試合をさせた、先生がその場にいなかった、等などであろう。要するにスキと甘えと指導力不足が原因ではなかったのか?

勝手な推測で申し訳ないが、愚かな教師が生徒に媚びて、試合などをさせるから事故が起きるのだ。
大体、教師も子供の頃、ファミコンで育って、殴り合いや取っ組み合いの経験もなく、加減の判断すらできなかったのではないか?

受け身を覚えると、イザと言う時に役立つものだ。
私が32歳の時、交差点内でバイク事故を起こした。接触事故ではなく、フェンダーのネジが外れ、後輪に当ったのだ。その時、私は30メートルぐらい飛ばされた。しかし、自然に受け身をしたので、首の骨を折る事もなかった。靭帯損傷とちょっとした捻挫で済んだ。仕事も痛みを我慢し、一日しか休まず復帰したし、仕事をやりながら完治させた。

この事故を目撃していたガソリンスタンドのオッチャンが「まるでスーパーマンのように空中を飛んでいた」と証言していた。今考えても、良く無事だったと思う。


日本の母親よ、子供を時には厳しく育てないと、真の親子関係は生まれない!

日本の公園では、事故があると遊具を撤去されるという。これこそ役人の事なかれ主義ではないか。子供の育成より苦情を避けたいだけなのか?
怪我や事故死は悲しく、不運な出来事だったとは思うが、だからといって、遊具を取り上げ、砂場まで取り上げ、コンクリートの遊び場にするのはいかがなものか。

子供はいろんな体験で、頭や身体の使い方を覚える。その積み重ねで育っていくのだ。

公園で思い出したが、以前、こういう事があった。
5、6歳の男の子と母親がブランコで遊んでいた。私はベンチに座って本を読んでいた。子供は母親に「もっと押して、早く、うーーん、もっと、もっと、押してーーー」と大声で叫んでいた。そのかん高い大声が私の耳から神経に伝わった。「こら、うるさいぞ!ブランコぐらい自分でこげ!」と怒鳴った。子供と母親は私の声に一瞬凍った。

その後、子供は身体を硬直しながら、自分でブランコをこぎ始めた。私はそれを見て微笑みながら言ってやった。「自分でこげるじゃないか。よくやった」と。自分で出来る事は自分でさせないと。そこから学んでいくのだ。

そこまでは良かったが、その親子が公園を離れた後、遠くから母親の声が聞こえた。「あのおじさん、恐かったね。気にしなくてもいいのよ」と。まるで私が悪人で、運が悪かったとでも言いたいわけか?

いつも私が注意すると、その場では何も反論出来ないくせに、後で子供には、「あのおじさん、嫌な人ねえ」と自分を正当化する母親がいる。事なかれ主義を卒業する勇気を持ってもらいたいが、ああそうですか、私の行為がすべて悪いのですね・・・。

私は過去、指導した子供たちには「ありがとうございます」「勉強になりました」を言わせる習慣をつけさせた。現代社会では、特に都会では近所の人も知らん顔する世の中だ。それを、多くの大人たちが心配してくれたり、御節介や注意してくれることは、子供たちの成長を見守ってくれている証拠なのだから「感謝しろ!」と教えていたが間違っていたのだろうか?


昔からあった、日本の素晴らしい教育を取り戻そう!
最近、日本も景気が悪くなり、若者が内向きになったのか、アメリカに来る日本人留学生が減少した。ピークの80年代から90年代は日本人の留学生やら遊学生が多くの大学、短大、語学学校に溢れていた。
比較的簡単に入学出来るサンタモニカ大学やグレンデール大学は全校生徒の2割近くが日本からの留学生だといわれていた時代もあった。だが、そのうち卒業までこぎ着けた努力家は、ほんのひと握りだった。

私も日本の若者たちに機会をつくって声をかけるようにしている。彼らは外見のイメージとは異なり、なかなか素直で良い子たちである。教えがいがあるので、時間をかけて日本人の心を吹き込んでいこうと思っている。

最近の日本人もアメリカ人も、きちんと背広を着こなしているビジネスマンに限って、性格や根性が悪かったりする。私から言えば一種の驕りのような気がしてならない。中には謙虚なビジネスマンもいることはいるが・・・。
その点、奇抜な格好をし、髪を染めている日本からの若者たちは、期待していなかった分、驚くほど素直に感じたりする。先入観は禁物だ。
ただ気になる事もある。あの馴れ馴れしい言葉使いはヤメてもらいたいな。でも今まで誰も注意しなかったのだろうか?もしそうなら、親、教師や周りの大人たちにも責任がある気がする。
それと、彼らが日本の近代史をあまり知らない事だ。

彼らがアメリカに来た理由もいろいろだ。
* アメリカに憧れていたから
* 受験に失敗し、世間体が悪いからと医者の父親に送り込まれた。
* 彼にフラれて気分転換が必要だったから
* アメリカは自由で、日本では監視され息苦しかったから

まあ、感心するようなモチベーションでアメリカに来た若者は数少ないようだ。
この程度の心構えで、アメリカンドリームを求めても、世間はそう甘くない。そりゃあ、中には運に恵まれ、才能豊かな若者もいるだろう。しかし、ほんのひと握りの若者たちも、がむしゃらになって、運を引き込むほど努力を積み重ねてアメリカンドリームを手に入れたに違いない。

60年代にアメリカに渡って来た日本の若者は、日本からの仕送りは期待出来なかった。1ドル360円の時代で日本とアメリカは雲泥の差があった。多くの若者は安いボーデイング・ハウス(下宿屋)に泊まり、カー・ウオッシュ、皿洗い、庭師の助手からスタートした。何があっても耐え続けてきたのだ。

学生はスクール・ボーイといって、住み込みでその家の洗濯、炊事、掃除、庭仕事をしてから学校に通っていた。最近は死語となった「苦学生」たちだ。
当時は豊かさは勿論の事、文化、産業、システムなど学ぶところが無限大にあり、全てにおいてアメリカが格段上だった。

留学生たちもどうにかしてこの地に、根を下ろして、日本に当面、帰りたくないと励む事が出来たのである。
ところが、現在はその日米の差がほとんど無くなってしまい、ダメならいつでも日本に帰れる風潮が若者の間に広がった。
彼らはちょっとした厳しさに出合うと、すぐに音を上げ、日本に帰ることを選ぶのだ。その先人たちが築いた立派な国に自由に帰れることは「恵まれている」ことの象徴なのです。

若者たちにはその事を真剣に考えてもらいたいと同時に、自分の日本人としてのアイデンテイテイーを見つめてもらいたいものだ。その先人たちが築いた素晴らしい文化を、民主党が蔑ろにし、壊そうとしている。そこには先祖の血と汗と涙で、世界に貢献した実績に対する感謝の気持ちが欠如している。

ここアメリカには今や中国や韓国からの留学生が増加している。彼らはハングリーだ。彼らは認めたくないだろうが、彼らの国が問題を抱え、嫌われている国だと潜在的に感じている筈だ。だから、可能であれば祖国に帰りたくないのだ。だが多くのアメリカ人の本音は、信用出来ないシナ人が増え過ぎることを危惧している。その結果、最近は中国人の永住権取得はどんなにエリートであっても難しい。申請して取得するまで7年ぐらいかかると言われている。

しかし、日本ではエリートでもない、将来生活保護を受けざるを得ないシナ人にも簡単に永住資格を与える。日本はシナ人や韓国人にとって理想郷なのだ。その結果、この国はおかしいを通り越して狂ってきた。今がラストチャンスだ。本来の日本を取り戻そう!

今の若者にもせめて60年代にアメリカに来た若者を模範にしてもらいたい。

彼らがアメリカで耐えられたのは、彼らを強い人間に教育してくれた日本の存在があったからです。昔の日本は学校で「老人を尊敬しましょう」とか「自分を大切に、他人を大切に」とか「毎日勉強しましょう」という標語を毎日読み上げたと聞く。その言葉が彼らの支えになったのです。あの忍耐力は尊敬に値する。
日本という国は、ある特定の価値観を持った国で、それがみんなをバラバラにしない力になっていたのだ。
それが、日教組に蝕まれ、民主党が追い打ちをかけるように壊そうとしている。日教組、民主党の力を削いでいかないと日本の教育は永遠と変わらない。

アメリカの公立学校には「勉強しなさい」というモラルすらなく、宿題をしなくても平気になった。その点、「みんなで勉強しよう」とする昔の日本の学校の態勢はとても誇れるものだ。そのおかげで、今まで多くの生徒が落ちこぼれずに、そこそこやってこれたのだ。
現在、ここカリフォルニア州内の公立学校(幼稚園から高校3年生まで)でヒスパニック系が過半数になった。白人は27%、アジア系が8.51%、黒人が6.86%、フィリピン系が2.53%などである。これは地域によってバランスは異なる。多くの富裕層は私立か、高級住宅地にある公立学校に通う。
一般的な公立学校はガラもマナーも悪く、教育レベルは全米でも最低クラスという。公立学校のアジア系とはシナ系と朝鮮半島系が多い。日本人は地域にもよるが、私立学校に通う子が多い。

想像してみて下さい。日本にシナ人が多く住むようになったら、公立は彼らが中心になり、公立学校の質の低下は免れないだろう。それだけではない。多くの日本人の子供たちがカモになりユスリ、タカリ、イジメの対象になることだろう。マナーがない親の背中を見て育った子から良いマナーを期待出来ない。公立の多くの日本の子供たちが、シナ人の影響を受けるようになり、シナ人化が進むのだ。考えただけでも恐ろしくなる。一日も早く、無制限にシナ人を受け入れるのはヤメよう!

多くの若者は、日本は監視され、自由が無い国と勘違いしているが、日本はアメリカと比べ監視されてるおかげで、人は何とか道を踏み外さずにやっていけるのだ。恥ずかしい人間にはなりたくないという意識も生まれる。そもそもアメリカの自由と言うのはクセモノなのだ。日本の監視体制はまだまだ甘っちょろいものだ。成人式で暴れる若者、警察の警告を無視する暴走族、それに対してなす術も無い警察官。アメリカでは考えられない事だ。人権を勘違いしている。まるで尖閣諸島海域での中国漁船に対する日本政府の対応と良く似ている。

日本人は本来、人に迷惑をかけてはいけないと教育されて来た。しかし、被害者より加害者の人権を擁護する傾向にある危険な社会になってしまった。
しかし、民主党政権になって、今までの正義が崩れ、日本の良さが失われていく気がしてならない。。

今後日本は、責任感が薄いアメリカ人の教育から学ぶ点はあるが、模範としないでもらいたい。古き日本の教育こそ、世界に誇れ、世界中から模範とされるのだ。それを民主党は嘘つきで残虐なシナ人を模範とし、属国になってもいいと思っている。売国奴よりヒドイ、国家反逆罪に値する行為だ。

一日も早く解散総選挙して、未来の子供たちのための素晴らしい教育を取り戻さなければいけない。それには昔を思い出し、間違っている事には声を上げる、恐いオジサン、オバサンに徹しよう。
最近の子供たちを見ていると、自由に何でもさせることが、子供がのびのび成長すると勘違いしているように思えてしょうがない。甘えた子供は相手を思いやれない自分勝手な大人に育ち、いずれ悩み、苦しむ事になるのだ。なるべく子供の時から、勇気を出して免疫力をつけさせた方がいいと思うが、どうでしょう。

みんなで「おせっかい」を実践して若者を守って行こう!


明日はThanksgiving、今後の日本の英語教育はこれでいいのか?
ロス時間の明日は11月第4木曜日のThanksgiving(感謝祭)である。各家庭では七面鳥料理がテーブルに並べられる。料理に無頓着のアメリカ人が唯一こだわる料理の一つだろう。
そして次の日の金曜日からクリスマスに向けたビッグ・セールの前哨戦が始まる。私自身は最近はほとんどこのセールとは無縁になった。しかし、どこの店に行っても混雑なのだ。「えっ、今不況じゃないの?」と言いたくなる光景を目の当たりにする。それがこの時期のアメリカである。

1970年11月25日は市ヶ谷自衛隊駐屯地のバルコニーで演説した三島由紀夫が、自決した日だ。私にとってはショッキングな日だった。当時、三島の演説に自衛官が耳を貸さず、ヤジを飛ばしていた。私は「何でみんな真面目に聞いてやらないんだ!」と思ったものだ。彼が予言していたことが、残念ながら現実のものとなった。この日本を今一度、本来の姿に戻さなければいけない。


私は小学5年生で渡米した。時は1963年の9月からの新学期付けで転入した。この時代のこの校区は黒人が80%、日系が7%、ヒスパニック系が8%、その他が5%。この周辺には日系の銀行、映画館、日系商店も多くあった。この西南地区は日系の歴史の重要な役割を担っていた地区だ。

私は5年生を担当しているハワイ出身の日系男性教師の教室に入れられた。英語は日本で半年間、英語塾で特訓された筈だったが、通じたのは日本語風の発音で「ハロー」と「グッドバイ」と「サンキュー」だけだった。
少しホッとしたのは、先生が片言の日本語を話す事と、クラスの日系人の女の子2人が偶然日本語を少し話せたことだ。算数、図工、音楽、体育は問題がなかったが、他の授業はチンプンカンプンだった。

その後、国語(主に読書)の時間には高学年の教室がある2階から1階に降りて、2年生の教室に3年生の弟と一緒に授業を受けた。この2年生のクラスは日系人の若い美人教師が担当していた。日本語はあまり話せなかったが、私が言っている事は少し理解してくれた。

言葉も慣れのようです。まず耳が慣れるまでそう時間はかからない。毎日同じような事を聞くわけだから。私は運良く、先生にもクラスメートにも恵まれていた。幼少で異文化に接すると、まず始めに、自信を失うことで消極的な性格になる。ここの副校長は黒人の女性だったが、私が6年生の時の担任でもあった。この先生は時にはやさしく、時には厳しく、生徒に自信を与える名人のような先生だった。何かイベントがあると、私を全校生徒から注目される位置に立たせる。言葉が必要な時は目立たない位置に立たせ、恥をかかせないようにする。ちょっとした事だが、これが自信につながったような気がする。あるイベントでは柔道をやっているなら皆の前で実演したら?と
私を目立たさせてくれた。

私が中学3年生の時、第二外国語(私にとっては第三外国語)が選択科目だった。迷った末、フランス語ではなくスペイン語にした。スペイン語は1年間勉強して会話がある程度できた。発音が日本語とほとんど同じだから、とても楽だった。今でもスペイン語は2週間ぐらい復習すれば、取り戻せると思っている。そうすれば南米に行っても不自由無く旅行できる自信がある。

今の日本のやり方で中学、高校、大学で10年間英語を勉強しても、通用するとは思えない。日本の英語は文法を中心とした19世紀の英語だ。現代社会ではあまり通用しない。それに、今の日本は英語教育の障害になる事を一つしている。それは和製英語だ。これはヤメた方がいい。混乱するだけだ。

まず、会話は2年あれば十分だし、専門的にやりたい人は続けたらいいだけの話だ。はっきり言って、日本で英語の勉強は中学3年からでいい。高校では必修科目ではなく選択科目にすることを提言する。

今の世の中、学校を出ても、インターネットでも、テレビでも英語は学べるのだ。すべて本人次第なのだ。DVD映画では英語を聞いて、英語の字幕を選択して見る事だって出来る。やる気さえあれば、方法はいっぱいある。
学校ではもっと役に立つ事を勉強しよう!

一般的な職業で皆さん英語を使いますか?
インターネットで検索したり、Youtubeやブログに英語でコメントしながらでも覚えていけばいいことではないか?
なぜ日本人全員が何年も英語を勉強しなくてはいけないのか?
それが彼らの日常に役立っているのだろうか?
多くの若者がアメリカにやって来て、高い授業料を払って、英語の勉強?
米軍基地でアルバイトしたり、アメリカン・スクール近くのマクドナルドに行けば話せる機会がある、
日本で10年間勉強して、またアメリカで勉強するの?
どう考えてもおかしい。これだけでも日本の英語教育がいかに中途半端で時間の無駄だったかがわかる。

アメリカでちゃんとした英語教育を受けていないヒスパニック系が、3年もすれば見違えるような英語を話す。これは生活をするための仕事から学んだ、実践的英語だ。
親の仕送りで、遊学を楽しんでいる輩とは大違いなのだ。彼らは生活のために必死なのだ。恥ずかしがっているヒマはないのだ。

日本の小学生、中学生にそんな時間があったら日本の歴史、国語の授業を増やしたり、武道、和太鼓、折り紙、茶道、能、狂言、詩吟、剣舞、日本舞踊などの伝統文化を学んだ方が、外国に行って尊敬されるし、本人たちの人間形成にも役立つ。一番重要な日本人としてのアイデンテイテイーを考える機会にもなる。
今後、教育は限られた時間をいかに効率的に、意味がある形で学べるかが、教育レベルを上げるのに役立つと思う。

私は現在、日本が進めようとしている小学校からの英語教育には反対である。これは私の体験から言っている。勿論、幼児から英語を覚えることはいいことだが、母国語がまともに話せないうちから英語を学ぶ事に反対なのだ。私の場合、特例で、ほとんどの日本人で小学生でアメリカに来た友人たちは日本語を忘れているか、日本人的資質を失っているのだ。

日本人は本来、自然と一体感になる事を好む民族である。風の音、虫の音、波の音、川の水が流れる音・・・。こういった音を聴くと安心し、心が休まり落ち着きます。
しかし、日本人以外の人はこの自然界の音に関心が無いだけではなく、耳にジャマな雑音に聞こえるらしい。その理由は、日本語の特性と日本人の特異な脳の構造に関係するようだ。

おもしろいのは、同じ日本人でも外国で生まれたり、幼少時代に外国で育ったりすると、外国人並みになるそうです。逆に外国人でも幼時に日本語を叩き込まれる環境で育つと、自然に対する感性が豊かになるという。そして、日本人同様、自然に触れると幸せを感じるようです。

一般的に、世の中で一番尊く、きれいなものは自然だと思う日本人は、美的感覚を持ち続けます。季節の移り変わりに敏感な日本人は、非常に繊細かつ美的感覚を持っています。細かい事に気がつき、心配りが出来るのも、自然を慈しむ日本人の特性から生まれるのです。
それだけ言葉の力が、潜在的に影響を与えるのである。

私自身が日本語で苦労した。今は何とか笑われない程度は出来るようになったが、それは努力の結果である。
もう一度言う、英語を勉強する前に、まず日本語をしっかり勉強しろ!



プロフィール

Chris Ryouan三宅

Author:Chris Ryouan三宅
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在米通算35年以上。我が祖国・日本大好き人間です。日本文化や先人たちが築いた功績を最大限に評価している。北米日台同盟会長、L.A・日本をよみがえらせる会代表。柔道2段、合気道、居合道、相撲初段。

日本に帰国する度、生活様式、行動様式がシナ人、朝鮮人化する日本人を見て危惧している。
外国人参政権には絶対反対。どこの国がそれを実施しているというのだ?在日特権廃止、パチンコ撲滅を願っている。

TPPにも基本的には反対。受け入れると日本の国柄を失い、日本人らしさを失い、3万5千社以上ある100年以上続いた老舗企業の多くが数年のうちに姿を消す事になる。日本文化が失われ、現在のアメリカのような、金に心を奪われた自分勝手な人間社会が出来上がるのだ。

国民が知らないうちにシナ人、朝鮮人、不良外国人が繁殖した日本。世界中でダントツに治安がいい国と評価されていた日本が、このままだとトップの座から転落する。

気がつかないうちに自虐史観、日教組教育に染まった日本人。

今後の日本は、私が支持している真正保守が力を発揮する舞台を用意しなければ、日本は国柄を失い、伝統や文化が廃れ、日本は本来の姿を失うことになる。そうならないために、私は声を上げ続ける決意だ。

それにしても3年4ヶ月の詐欺師、嘘つき、素人、売国奴の旧民主党政権が残したツケは大きい。

日本の国益を損ね、在外邦人の名誉、信用、尊厳、誇りに傷をつけた国賊の河野洋平は許せない。そして息子の太郎も、外務大臣として、近いうちに父親の「河野談話」を白紙、撤廃しなければ、憎み続けるつもりだ。

鳩山由紀夫、菅直人、民進党、社民党は大嫌いで目障りだ!
このままだと、私が笑顔で過ごせる祖国がなくなってしまう。
日本人が一日も早く気づかないと取り返しがつかなくなる。そのため、遠くロサンゼルスから声を張り上げる。


ブログ「L.Aからよもやま話で目からウロコ!」
http://chrisyoshimiyake.blog.fc2.com/にも立ち寄って下さい!
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