L.A発、よみがえれ我が祖国・日本!
目からウロコの気になる情報、話題、日本への提言。L.Aからモノ申す!
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糖尿病の再発により体調不良。当面、ペースダウンして、心身ともにリフレッシュします。
日本に行く前から、体調が本調子じゃないなと思いつつ、バタバタと超忙しく動き回った今回の日本旅行。アメリカに戻っても調子が悪いと思って過していた。
最近、トイレが近い。と言うより異常に近すぎる。そのせいか睡眠障害で眠れない。夜中に5回ぐらい目が覚める。これ前立腺肥大症とは別物。ノドもすぐ乾く。歌ってもスピーチしても声が割れる。体がだるく、すぐ疲れ、笑う気力もない。調子のアップダウンはあるが、睡眠がとれれば調子も少し戻る。今夜は久しぶりに睡眠薬を飲んで眠る。

先日、サンディエゴに住む医者の友人に調べてもらった。やっぱり糖尿病が再発していた。先ほどサンディエゴから戻ってきてコンピューターに向かっているが、早速、眠くなってきている。約3時間のドライブでは、日本で仕入れた眠気覚ましのキャンディーを口に含みながら唄を歌ったり、音楽を聴いたりで、眠くはならなかった。

3年前に血糖値が935まで上がって、医者からよく生きていたねと言われたことがある。数値が200以上はヤバイらしい。結局、通院していたクリニックで最高値だという不名誉な称号?を頂いた。だが、私は医者からの処方箋と飲食物に気をつけ、3ヶ月後には120前後まで下げた。1年間、110~130で安定してきたので、通院をやめて元の生活に戻っていた。

今回は何が原因だったのか?いろいろ思いつくが、まあ、ネット症候群から来る、生活習慣の乱れが大きな原因だろう。当分、体調が悪いなりにいろんな事をペースダウンしていく。食事や飲み物には気をつける。日本では毎晩飲んでいたアルコール類はアメリカでは飲まないので心配はしていないが、何しろトイレが近く、疲れやすく、眠くなる。だが、多尿症で2時間以上は眠れない。

運動は適度にやった方がいいので定期的にスポーツクラブに通っているが、体調が悪すぎると行くのをやめる。サーキットトレーニングやボクシングは過激すぎるから当分やらない方がいいのだろう。週に4日、マイペースで軽めに1時間半ほど身体を動かすだけだが、自宅に戻って、コンピューターに向かう途端に眠くなる。

ここ1年ほど体調が良くないのは、加齢のせいだろうと思っていたが、糖尿病と聞いて、少しホッとしている。自己管理さえちゃんとやれば、体調が戻ると私の経験が語っている。
だが、用心することも重要だ。何人かの友人が糖尿病が原因で亡くなっているのも事実だからだ。

若い頃から自慢だった私の超人的な体力はどこにいったのだろうか。我が青春と同じく、もう戻ってこないのだろうか。
今回の訪日中でもそうだったが、以前の私を知っている何人かが、「痩せたね」と言う。確かに訪日する前は86キロで今は78キロぐらいなので、体重が約8キロ減った。あれだけ日本で美味しい料理や飲み物を堪能したのに。
最近、気になるのは鏡に映る自分の姿。胸、肩、腕の筋肉が落ちてきているのだ。身体の張りもボリュームもなくなっている。そういう時、皆から「痩せたねえ」と言われると、なぜか逃げたい気持ちになる。

ブログの冒頭に超暑いと書いても、何日か経つと平常に戻り、涼しくなったと思ったら暑くなったりする。記事の更新を先延ばしするたび、内容まで変わるので、毎日書き直し。しかし、途中で眠くなるので中断、その繰り返しだ。
猛暑の時の数日間は40℃前後と気温は超高かった。私が住むパサデナ周辺は平原なので、L.Aダウンタウンの平均気温より5℃ほど高く、海岸線のサンタモニカより10℃ほど高い。

来週は母が入所している日系敬老介護ホームで1時間のショーをやる。これだけは集中して、普段忘れている笑顔を見せて気合いを入れる。
だが、先週はギターリスト宅で歌の練習をしていたが、暑いので二人ともすぐバテてしまって、練習を早めに切り上げた。
我が家もギターリスト宅もエアコンが設置されていない。私は暑さには強く、猛暑の中、一日中外で遊んでもバテることはなかったが、糖尿病で体調が良くないことと、加齢で身体の機能が低下したのか、暑さにも寒さにも弱くなった。いやだねえ、見た目は若いと言われるが、やっぱり歳は隠せない。特に今はエネルギー値が低い。

だが、いつも通り、ショーには気合いを入れてやる。高齢者たちがいつも楽しみにしているからだ。結構、人気があるショーらしいので、1時間出し切るぞ。今回は前半に腹話術で楽しませ、人形のジョージ君と入居者が一緒になって童謡を中心に歌う。その後、面白い話をしながら私が7、8曲歌う予定だ。いつも最後は「マイウエイ」で締めるが、来週はどうしようかな?何しろ汗をビッショリかきながら、ノドが渇くので、パフォーマンス中はペットボトル2本の水を飲む。

そして月末には温泉に行ってリフレッシュし、今まで疲れがとれなかったので、北カリフォルニアにノンビリ旅行しながら充電してきます。ヨセミテ国立公園にも行ってこようかな?
さて、ノートパソコンを持参するべきか今、迷っている。

月刊「WiLL」6月号ヤフー•ニュースJapan版で私の記事がアップされました。ちょっと状況が変化しましたが。

「月刊WiLL」Yahoo版




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昨年末のよもやま話。L.Aから謹賀新年2013年!明るい未来に向けて再出発だ!
明けましておめでとうございます 2013年!

旧年中はブログに立ち寄っていただきありがとうございました。昨年は個人的にもいろいろあった年でした。昨年は記事の更新ペースも遅れ気味でしたが、今年も根気強くつき合ってください!
昨年末は衆院選挙があり、保守同士でもいろいろあったでしょうが、みんな考え方やバックグラウンドが違うので100%合意はありえません。安倍政権はスタート前からペースアップして頑張っているようですが、息切れしないように頑張ってもらいたいものだ。
民主党が3年4ヶ月間、いかに何もしなかったかがわかる。日本国民の多くが選んだ民主党が残したツケをみんなが力を合わせて返していかなくてはならない。
自民党政権も今後、難題、課題が山積している。それを一つずつ素早く解決してもらいたい。まだまだ自民党内部も改革が必要である。元の自民党に戻って欲しくないというのが多くの日本人の願いである。今後は今の緊張感を維持しながら驕らず、謙虚に真剣に反省し、取り組んでもらいたい。

今年7月の参院選前後の動きが今後の日本を占う重要な場面だろう。保守同士が引っ張り合い、票の取り合いでモメて欲しくない。保守連合が弱体化した日本を救ってくれると信じている。今の日本の政界に必要なのは小沢や民主党のような解体屋や泥棒ではない。今の日本に必要なのは働き者の修理屋だ!

2013年は良い年になるとお互い念じ合いましょう。民主党、在日、部落解放同盟、日教組、社民党などの反日勢力を弱体化すれば日本は復活し、再生します!


年末は風邪を引き、体調悪い中、超忙しかった。
L.Aは朝夕冷えるが、特にここ数日は深夜から朝方にかけて車が凍るほど寒かった。今年の夏は例年より猛暑の日が多く、冬は今のところ例年以上に寒い日が続く。私は最近、風邪気味の状態にはたまになるのだが、初期に治すので本格的に風邪になる事はなかった。しかし、ここのところ睡眠不足と外に出る事が多かったせいか風邪を引いてしまった。
それもタイミングが悪く、国際政治学者の藤井厳喜氏がロサンゼルス空港に到着する2日前からだ。ピークが彼が到着する前夜だった。迎えに行く日の午前3時頃トイレに行った時、気分が悪くなりもどしてしまったのだ。その後、ベッドに戻りまた眠った。朝、大分調子が良くなったが、扁桃腺がやられたようで声が酷いガラガラ声だった。

日本でもデモの後、ガラガラ声になったが、どうも最近声帯が弱っているのか調子がおかしい。すぐかすれるのだ。その上、風邪で鼻水が出るわ、クシャミはでるわ、喉が痛いわで最悪。

28日のお昼に国際政治学者・藤井厳喜氏をロサンゼルス空港に出迎え、ハードな取材、著名人たちとの交流にお付き合いした。彼は移動中、時差ボケで疲れていたせいか助手席で爆睡していた。しかし、目的地に着いて目を覚ますと、一転して頭の回転が絶好調でエンジン全開。この切り替えは、さすがプロだと感心した。急遽、空港から台湾人の友人所有のインターネット放送局で番組を収録した。予定より進行がスムーズだったので、収録本数が増えた結果、3本となった。

私は司会というか聞き手として出演した。ここでの収録は4年ぶりだ。2本目からは私の声がどんどん酷くなるのがわかる。頭も冴えないで言葉が浮かばない。だが、さすが藤井厳喜氏はYoutubeの自分のチャンネルで定期的に一人で喋ったり、講演を多くこなしているので慣れている。藤井氏の足を引っ張ってないか心配だが、近々、Youtubeにアップされると思う。
私も定期的にYoutubeで発信しようと決意した。今年はまた外に出て、多くの人たちと語り合おうと思う。

私は以前は、3つの事を同時に出来ていたが、今は一つの事に集中しないと気が散って集中出来ない。それに体調が悪かったり睡眠不足だと頭がボッーとして、何も言葉が頭に浮かばなくなった。なぜそうなったか?たぶん加齢と環境の変化だと思う。加齢はともかく、環境は今年早々から元に戻し、改善するつもりだ。だが、気が張った状態で与えられたコーディネーター役と運転手役の責任は果たしたつもりだ。

29日は藤井厳喜氏を今朝6時過ぎにホテルでピックアップして、L.A空港へ向かった。チェックインしてから、搭乗手続まで時間があったのでコーヒーを飲みながら日本の問題点を議論した。彼が滞在中は最高の天気だったが、彼がメキシコに向かっていなくなった途端に雨が激しく降り始めた。一日にも満たない短い滞在期間だったが、とても有意義な時間を共に過ごせた。彼に風邪が感染しなかったようなので安心した。

30日はリトル東京の曹洞宗「禅宗寺」で恒例のもちつきがあった。何十年も参加していたのだが、今回は2年ぶり。檀家、関係者、寺小屋の子供と父兄たちが100人ほど集まっていた。まあ、戦力になったのはそのうちの30人ほどか?
早朝のまだ暗い時間からその準備で多くのボランティアが集まり、毎年、約1200パウンド(600キログラム)の餅をついた。4つのウスが早朝から午後3時半まで音を立てていた。前日まで風邪で声が出ず、この日は風邪が良くなったのだが、かけ声で声がガラガラになった。私は、すぐ手を抜く若者を戦力として使えるように指導する鬼教官の役目。若者に日本文化を真剣に継承するのは難しい。

それと、私が得意にしているのは子供たち(4歳ぐらいから12歳)にも本格的な餅つきをさせることだ。後ろから手を回し、一緒に杵を持って、大人と同じような力とペースで餅をつかせるのだ。彼らは自分がついていると錯覚を起し、目を丸くして驚くが、ほとんどは私がついている。でもその感覚は体が覚え、彼らが体力が付いた時、将来の戦力となる。重要な事は彼らが楽しんでいるということだ。後ろからあまり密着して女の子の体に股間を当てないこと。そういった事を配慮しながらだから結構難しいのだ。

ただ、私にとってはキツイ作業である。彼らの身長に合わせて体を低くする分、足腰に負担がかかるのだ。その疲れのせいか、餅つきの最中、脚に肉離れの痛みが何度か襲って来た。

夜、自宅に戻り、コンピューターで作業していたらまた肉離れ。今度は超痛い。30分くらい動けない。呼吸を整えたりマッサージしたりと肉離れと格闘。何なんだ?こりゃあ、筋肉疲労か?それとも冷えたのか?それとも血行不良?普段の睡眠不足と餅つきの肉体疲労で余程体が疲れていたのかな?風邪を引いたり、扁桃腺が腫れて声が出なかったり、散々だ。

それにしてもなぜ私はこんなに頑張るのだろう?次の日は身体中が筋肉痛。特に背中から腰からお尻の筋肉が痛い。普段使っていない場所だったのだろう。私は年甲斐も無くなぜ頑張り過ぎる必然性があるのか?と自問する。どうも最近は若いと思う気持ちと体力のバランスがチグハグで、最近は頑張った後に後遺症が出る。だが、周りは元気なお兄さん(おじさん)としか見てくれない。40代の頃は、スポーツクラブで「オリンピックにでも出場するのか?」とからかわれたりもした。今でもそれが抜けなくて困っている。

餅つきの後、近くのコーヒーショップでノートブックパソコンに向かいながら、近くで働く40代の日本人女性と台湾関連の話をしていたら「台湾で親日的発言や日本語話して危険じゃないですか?」と無知な質問に驚いた。「おいおい、韓国と一緒にしないでくれ。台湾は韓国のようなユスリ国家ではないぞ。台湾は被災地に220億円という世界一の義援金を送ったぞ」と台湾の歴史をレクチャーしたが、私の話を理解しているようには見えなかった。基礎知識が無さ過ぎると、私が分かりやすく説明しても難しすぎるかもな。

その直後にコーヒーカップを持とうと思った時、開いていたノートブックパソコンのキーボードの上にコーヒーをこぼしてしまった。慌てて拭き取ったが、その1時間後、アルファベットの7文字が打てなくなった。餅つきをやり過ぎて握力が麻痺して弱くなっていたのだ。

次の日、アップルストアに相談に行ったら、修理代に750ドルぐらいかかる?と言う。えーっ?それだったら新しいコンピューターを買えるではないか?
まあ、4年3ヶ月もこき使ったのだから、そろそろ引退させてやろうかね。結局、I-Bookの代用品としてI-Pad Miniを買おうと即決したが、商品の在庫が無い。新年に入って早々、手に入れようと思う。
御心配なく、私は自宅にI-Mac(デスクトップ)もあるので、自宅に居る限り不自由はないが、別室にあるテレビを観ながらのTwitterや検索が不自由になる。

L.Aは日本より17時間遅いので、衛星放送で「紅白歌合戦」見る前に、日本のミカンの味に近い「さつまミカン」を買いにアメリカの大型スーパーマーケット・チェーン店の「ヴォンズ」に行った。でも結局買わなかった。残念な事だが、ミカンが潰れていたり、カビが生えていた。日本では考えられない雑な管理。皮に触れただけでもオレンジと違って、潰れやすいと気付かないのだろうか?山盛りに積み上げると、下のミカンが潰れるだろ?こんな勿体ない扱いして生産者が可哀想で、申し訳ないと思わないのだろう。
結局、すぐ腐り、売れなかったからと本部に報告が行き、商品をあまり仕入れなくなる?バカだよなあ、アメリカ人は。もっと商品知識をつけ、日本から商品管理の仕方を教えてもらったら消費者も生産者も得するのにな。

テレビで「紅白歌合戦」を17時間遅れで見た。私がよく歌う美輪明宏の「ヨイトマケの唄」が最高だった。親子の絆を描いた歌だ。SMAPの木村拓哉の紹介も良かったが、美輪さんの振り絞る響き声と演技が涙を誘う。教育現場でも生かしてもらいたい曲だ。私はゲイではないが、美輪さんには若い頃、大変お世話になった。本当に面倒見がいい人だった。それが、この曲によく表現されている。いやあ、私もこの曲に磨きをかけないと、この曲の精神が伝わっていかないと痛感した。

藤あや子は洋装もいいが、着物姿で歌ってもらいたかった。
東北大震災の被災者へ曲「花は咲く」も良かった。特に被災者たちの写真をバックに曲を聴くと歌唱力はともかく、ついつい吸い込まれて涙してしまった。
由紀さおりのオレゴン州ポートランドからの生中継も良かった。
天童よしみ、伍代夏子、石川さゆりなどの演歌も海外で久々に聞くといいもんだ。
徳永英明の「上を向いて歩こう」も良かった。
私が知らなかった「桃色クローバーZ」から元気をもらった。若いっていいねえ、エネルギッシュで。
AKB48の大島優子がなぜ人気があるのだろう?と思っていたが、踊っているメンバーの中で一番感情表現がしっかりしていて、手抜きしない真剣勝負に、なるほどと納得した。
「嵐」の「ふるさと」もいい曲だ。私にとって「ふるさと」とは、小学校5年生まで過した鳥取県境港市でのよみがえる記憶。ふるさとの友達との関係を今後も大切にしていきたい。

たまにこういった番組を見ると、「まだ俺だって踊れるぞ!」という年甲斐も無く、身の程知らずで愚かな自分がいる。高校生の頃、アメリカにやってきたジャニーズやフォーリーブスの面々と同じダンススタジオで練習したほど自信があった。

だが、体は正直だ。数年前、L.Aと姉妹都市の名古屋に2度招かれて訪問した。愛知万博会場や「名古屋どまつり」会場、「名古屋祭り」のパレードで踊った。L.AからYosakoiダンスグループを30名程引き連れて踊った時は、夏だったので暑くてキツかった。特に私はかけ声が激しいから疲れるのだ。かけ声さえ出さず、おとなしく踊るのであればそんなに疲れないぞ。だが、私が率先しないと誰も声を出そうとしない。やっぱり若者たちと競っちゃうと体に良くない。
だから、紅白で歌いながら踊る歌手たちは、日々、練習とトレーニングしていないと大変だろうと思う。特に若くない人たちは。

昨年のK-POPSはいただけなかったが、今年は慣れない女性司会者が緊張の中、けなげに一生懸命なのが伝わった。

しかし、今のNHKは問題が多い。NHKの組織改革と報道姿勢改革を急がねばならない時期にきている。

何はともあれ、未来に向かって明るく2013年を過そうではないか。日本が世界から信頼と尊敬を取り戻す2013年を目指していこう!



土、日は曹洞宗・禅宗寺の第54回目のお盆カーニバルで「たこ焼き」販売とビデオ撮影だ!
「独立記念日」から2日経つというのに、近所の花火大会は続いている。我が家の周辺は、最近、ヒスパニック系が増えて、「独立記念日」など関係なく、週末になるとマリアッチの音楽が鳴り響く。アメリカの独立の歴史も何も知らず、大人も子供もただ騒ぎたいだけのようだ。
花火を上げた後の片付けは全く無視で、道路上は花火のゴミが散乱している。困ったものだ。こんな親を見て、子供が育つのだろう。
注意したいが、こちらは大人だけではなく子供でも拳銃を持っていたり、何をしでかすか日本人の常識では想像がつかない。どうも映画、テレビ、コンピューターゲームの影響が大きいように思う。くだらない連中相手に命をかける価値はない。

映画のリメーク版を見ると、その時代を反映している。ストーリー的にはオリジナルが一番いいが、コンピューターグラフィックを含めた特殊効果の進化は目を見張る。例えば、オリジナルではラストシーンで犯人たちが捕まるのに、リメークでは、なぜか金を持って逃げ通すのだ。この方が観客にファンタシーを与え、格好よくて受けるらしいのだが、はたして教育上それでいいのか?

明日、明後日の土、日は曹洞宗系の禅宗寺で第54回目のお盆カーニバルが催される。ステージではカラオケショー、民謡、日本舞踊、三味線、琴、ヒップホップダンス、和太鼓などバラエティーに富んだ催しや少林寺拳法、空手、柔道、相撲、スタントショーなどのデモンストレーションがある。
あちらこちらのブースではゲームや食べ物を販売する。古着市、骨董市、植木市もある。お寺の収入源として重要なイベントである。

私は2年ぶりにボランティア参加する。今回も「たこ焼き」を販売する。毎年人気で、あっという間に売り切れてしまう。そりゃあ、焼き手は大変で、何しろ忙しいのに、時間を見つけてビデオ撮影も頼まれて、行ったり来たりで慌ただしい。この時期は炎天下で35度以上はあるので、鉄板の前で汗ビッショリになり、シャツを2、3枚着替える。
昨年は参加出来なかったが、今年は人手不足という事なので、何とか手伝う事にした。まあ、檀家の一人としてなるべく毎年、カーニバルと年末の餅つきは手伝うようにしているが。

先日は浄土宗の寺から頼まれ、ヒマではないのだが、清掃の手伝いをしたばかりだ。どうも頼みやすいらしく、日系社会の便利屋になってしまった。

私の祖父や父の時代は、県人会、日本人会、仏教会は活気があり、多くの寄付金を集め、多くが協力し、絆を深めていった。「禅宗寺」も戦前は別の場所にあったのだが、80年前に祖父たちの寄付や、みんなの手によって建設された。今のお金で百万円以上をみんなが出し合ったと言われている。それだけ当時は先祖を大事にし、日本のお寺の存在が大きかったのだ。
県人会でも、貧しい郷土に定期的に送金したといわれている。日本人会も成功者を中心に、多額な金を日本に送っていた。山本五十六も日本大使館の武官時代、軍備増強のためにシアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルスの日本人会を集金に回っていたらしい。
戦前も戦後もアメリカに住む日本人がした日本への貢献を、多くの日本人は知らない。東京オリンピックだって、故、フレッド和田氏がいなかったら開催されていない。みんな祖国の地位向上のために、金だけではなく、日本人として模範的な生活をアピールしてきた。だからこそ、今日、日系人は信頼に値する民族として、アメリカで認知されたのだ。

明日のバザーには、日本で買った気仙沼の日英両語で書かれた「絆Tシャツ」を着ようと探したら2枚中一枚はすぐ見つけたが、もう一枚が見つからないので、暑い中、汗ビッショリかいて探した。「何で無いのだ?」と何度も可能性がある場所を必死に探した。ガレージにある、衣替えで片付けた段ボール箱も開けたが見つからない。結局、ソファーの上に積み立てていた雑誌類の下に隠れていたのだ。1時間ほど脱水症になるほど汗をかき、何で?と思いながらホッとした。

最近、ピタッとリトル東京に出向かなくなったし、積極的に人と会わなくなったので、カーニバルで、多くの人と再会するのが楽しみだ。
「たこ焼き」の忙しさとヘルパーの数次第だが、Youtubeで動画をアップロードする予定です。
今日も政治ネタを用意していたが、また次に更新します。

メモリアルデー前後のL.Aよもやま日記!
昨日はメモリアルデーで祝日でした。毎年5月の最終月曜日がアメリカの戦没者を追悼する日である。墓地や霊園は、墓参りの人たちで込み合う。隣のホワニタばあさんは、昨日は我が家と同じローズヒル墓地(霊園)に行ったそうだが、墓地の手前で車が数キロも渋滞していたそうだ。
日本でいうとお盆のような日である。私はそういった状況を経験済みなので、毎年、翌週に墓参りに行く。

先週、現金500ドルを入金しようと銀行の窓口に行った。驚いた事に、その内の20ドル札4枚が機械を通らないので、偽札じゃないか?と言われた。
もしこの80ドルがニセ札だったら、どうなるの?と聞いたら、入金として受け付けないと言われた。要するに私が80ドルの損失を被るということだ。

おいおい、この現金はATM自動引き落とし機から引き出したものである。銀行がそのお札を受け入れたわけだから、私の責任では無いだろう?と問うと、「銀行で見破られない事はよくある」??と言う。おいおい、それだと私が運が悪かったということか?

結局、4台の機械中2台ではニセ札ではないということなので、問題ないということになった。まあ、なんといい加減で無責任な事か。「それではこの札がまた流通すると、誰かが銀行で私と同じ経験をすることになるの?」と彼らに問うと言葉が返ってこなかった。
日本だともっとまともな対応をしてくれると思うのだが、どうだろう?

まあ、この札が正当なものだと認知されたのだが、何かスッキリしない。TPPが実施されて数年経つと、こんなアメリカと同じような状況が日本の銀行にもやってくるのだろうか?


マンザナー日系強制収容所の跡地周辺で財布を紛失した事はすでにお知らせしましたが、3週間後、財布が見つかったと連絡があった。アメリカでは、こりゃあ、奇跡と言っても過言ではない。
トリプルA(日本でいうJAF)から連絡があり、発見者の連絡先を教えてもらい、連絡をした。財布の中にトリプルAカードが入っていたので、連絡したようだ。

発見場所はインデペンデンスという町のイースト・カリフォルニア博物館で、連絡した人はこの博物館の館長。ここはマンザナーから5キロぐらいの小さな町で、この博物館には我が三宅家が戦前に使用していた蓄音機やラジオが展示されている。これはイトコが数年前に寄贈したものだ。

ここは紛失した可能性があると思って立ち寄った場所だったが、閉館した後でドアが閉まっていた。
ここでは座っていないので、博物館の駐車場につけていたイトコの車に乗り込む時か、降りる時に私のダブダブのチノパンツの膝上のポケットから落ちたのだろう。普通だと気付くだろうが、睡眠不足と炎天下の中、外に長くいたので余程疲れていたのだろう。

連絡があったのは3週間後なので、勿論、クレジットカード、銀行カード、免許証も再発行してもらった後だ。

紛失したのが土曜日だったので、銀行カードをブロックしてもらおうと連絡するのだが、紛失の受付を週末はやっていないとは、何と不便な事だったか。その週末は、お金が引き出されなければと祈るしか出来ないとは。その点、クレジットカード会社は対応が24時間サービスで便利だった。

今回、財布にたまたま入れていた母の高齢者保険カードを再発行してもらおうと、社会保険庁に連絡したのだが、たらい回し。やっと数カ所目に教えてもらった番号を数回かけるのだが、その都度、15分、20分待たされるので、つい先送りしていた。TPPが実施されると、こういったサービス低下のイライラが日常茶飯事になる事だろう。

この博物館の館長が親切な人で良かった。話し合いの結果、取りにいくには遠すぎるので郵送してもらうことになった。財布は5年近く使用していたし、郵送しづらいと思い、処分してもらい、中味だけを郵送してもらった。財布の現金は博物館に寄付する事にした。現金が60ドルほど入っていたが、郵送料が10ドルほどだったので約、50ドルを寄付した。
財布の中味は意外と私の記憶通りだった。7枚の名刺、メモも、知り合った人のメルアド、クレジットカード、銀行カード、免許証、数枚の身分証明証、スーパーのカードなど。名刺やメモった人たちとは縁がなかったと諦めていたが、縁が復活したようだ。


今日も猛暑の一日だった。久しぶりに裏庭の木々の枝が屋根の近くまでのびてきたので、チェーンソーで切り倒したり、剪定作業などでノドがカラカラになった。改めてプロ顔負けの仕上がりに満足した。
先週から草取りも毎日やっている。ちょっと油断すると、雑草が生えるのが早い。明日はゴミ箱に入るように小さく切断する作業をしようと思う。


私は母の介護を3年ほど前からやっているが、最近は24時間手がかかる。そのせいか、2年前から体調がすぐれないし、怪我が絶えない。約1年前に血糖値が935に上がったり、血尿など、膀胱系や腎臓がちょっと痛んできている。

運動も週5日、時間を作って8キロから15キロマイペースで走る。ボクシングも、サンドバッグにパンチを3分×8ラウンド叩き込んでいたが、最近はちょっと御無沙汰。パンチ力がありすぎて、右手首を骨折してしまった。
毎日、コンピューターに向かい、メールや原稿を打ち込むせいか、腱鞘炎も相当悪化している。そして、左腕は母親が倒れるのを、とっさに支えた時、靭帯を痛めて腕が曲げるとまだ痛い。だから、最近は筋力トレーニングは当分休止状態で、主に走り込みが中心だ。2ヶ月ほど本格的に筋力トレーニングをやっていないので腕が細くなった。まあ、それでもまだまだ太い方だとイヤミを言われそうだが。

庭仕事やキーボードを叩くのも痛みとの闘いだ。もう、身体中がボロボロだ。ゆっくり静養が必要だが、母の介護をやっているとなかなかそうもいかない。
本格的に敬老介護ホーム入居に向けて積極的にアプローチを開始した。何しろ、日系介護ホーム入居には戦略が必要のようだ。まともにやっていたらいつになるか見当がつかない。

先日も夜中に脇腹から背中にかけて我慢出来ないほどの痛みが押し寄せてきて、1時間ほどうずくまっていた。久しぶりに嘔吐した。一人で「痛いよ〜」「どうなっているんだ?」「もう俺の人生は終わりかよ?」と真夜中に喚き放題だった(笑)。若い頃は怪我してもすぐ完治し、怖いもの知らずだったが、平均的な健康体になってしまった(ははは)。子供の頃から病気もなく、人も羨む健康体だったのだが、私の人生飛ばし過ぎだったようだ。あちらこちらの機能が低下してきた。今後は充電し、燃料を補給して、チューンアップが必要か?こういう時に、誰かが励ましてくれたり、やさしく手を握ってくれるだけでも癒されるのだろうな、と一瞬寂しい気持ちになったChris Ryouan三宅でした。

○L.A国際空港では荷物に気をつけて! ○バンコクの空港での盗難騒ぎ!
今日は政治から離れた話題です。

L.A国際空港で搭乗客の盗難被害が続いているが、最近、荷物係の男二人が、搭乗客の荷物から現金などを盗んで逮捕された。
両容疑者の自宅から、搭乗客から盗んだとみられる10万ドル以上の現金が押収された。
昨年も運輸保安局の職員が、搭乗客の荷物から3万ドル相当の現金や持ち物を盗んで逮捕されたことが報道された。

全米の空港で一番被害件数が多い、不名誉な空港がL.A国際空港である。何しろ盗難が多い。
だからといってL.Aを避けてはもらいたくない。
盗難が多いデジタルカメラ、高級ジュエリー、ノート型パソコンなど高価な品物の盗難を回避するには、高価なラゲージを避け、貴重品は手荷物の中に入れる事をお勧めする。

しかし、だからといって安心はできない。セキュリティーチェックの時、財布や貴重品は手に持つか、係官を注意深く観察することも重要だ。日本の係官と同じレベルで信頼しないほうがいい。


2年半前、バンコクの国際空港の搭乗手続きカウンターでノート型パソコンを盗まれた事がある。パソコン専用ケースに財布も入れていたのでそれも一緒に盗まれた。
日本航空のカウンターで搭乗手続きの5分間の間、ケースを真後ろに置いていた。この時は、周辺には5、6人しかいなくて、職員の数の方が多かったのにだ。
係官は何をしていたのだろうか?グルだったのだろうか?
いくら、日本の航空会社でも、働いているのは現地の人なのに、ちょっと油断し過ぎたのかな?

その後が大変だった。まず、日本航空の事務所からクレジット・カード会社に連絡を取ろうとするが、アウトソースなので、相手は強烈な訛りがある英語で、どうもインドかどこかにたらい回しにされて、先に進まない。

時間がかかりすぎるので、もうギブアップ。リスクを覚悟して、L.Aに到着次第、連絡する事にした。
マイッタのは空港警察で被害届を提出させられて、これが思いのほか時間がかかり、L.A行きのフライトに、ギリギリ間に合った。
何でこんなことで汗びっしょりかかなくてはいけないのか?と思ったものだ。
幸い、ノートブック・パソコン以外、現金は少々で、クレジットカードも悪用されなかったから良かった。
ただ、パソコンのファイルやケースに入っていた備品はパーだ。慣れている筈だったが、その後は今まで以上に注意深くなった。


帰りの日本航空の機内でも、とんだ目に遭った。タイ人のフライト・アテンダントが手荷物を押し込む、グローブボックスが閉まっているか確認しなかったようで、機体が動き出して、グローブボックスが開いて、中の荷物が落ちそうになった。
機体が助走を始めた時、3列後ろの私と、もう一人が、迷った末、急いでグローブボックスを閉めた。その直後に機体は離陸したのだ。もう少しで何人かが大怪我をするところだった。そういったことが起こった事をチーフ・パーサーには伝えたが、どこまで事の重大さを理解したか?

これはチーフ・パーサーの責任だ!最終確認を怠っていたのだから。ちょうどその頃、日本航空が問題になっていた時期と重なる。

その後、日本航空は経営改革、業務改革でよくなってきているとは思うが。信用を回復するには数倍の努力が必要だ!
人件費を抑えて、契約社員を増やすのもいいが、乗客の安全の方が最重要ではないのか?

私は最近はANA(全日空)専門だ。そりゃあ、格安の航空会社は沢山あるが、出来る限り、日本の会社の支援をしたいから利用する。日系航空会社は、今まで以上のサービスと安全に努めていただきたいものだ。


日本人よ、ジャパニーズ・スタンダードの接客サービスを守り抜いてほしい!
今日は、会う人みんなが、数日前のハリケーン並みの暴風の話題を振る。「隣りの家の巨木が道路に倒れた」「恐かった」「屋根が吹き飛んだ」「今でも停電だ」。

あれから数日が経過しているが、まだ周辺には爪痕が残っている。何十万世帯が停電になったが、まだ停電が復旧していない地域も多い。昨夜は冷え込んだので、セントラル・ヒーティングの家は電気で作動するので、室内が寒くて大変だっただろう。

昨日、ダウンタウンに行ったが、その途中、7カ所の信号がまだ復旧していないために渋滞が渋滞を引き起こしていた。久々にクラクションの音が鳴り響いた。
これが、発展途上国や中国だったら、クラクションの音に耳栓が必要になることだろう。

道路上、大木がなぎ倒されて、放置したまま。道路の路肩には大量の枝木や落ち葉などを山のように置いているので、通行範囲が狭まることでこれまた渋滞。
まるで、北国の冬のように、路肩にかき出した雪の山が両側1車線を覆っているような感じである。

これだけ広範囲に被害が広がると、マンパワー不足で完全復旧に数週間が必要ではないか?

今日はホームセンターに出向いたが、広大な駐車場が混雑していて、他の店へと向かった。この店も駐車場が満杯だったが、どうにか粘って駐車スペースを確保した。
店内は人でいっぱいだった。何人かと話したら、みんな強風被害で、私と同じく、屋根の張り替えをするための材料を購入しようとしている人が多かった。
チェインソーを買う人もいた。倒れた木を切断するそうだ。
それにしても、店員のサービスが良くない。慣れていても不愉快になる。

そんな中、良い事もあった。盗難にあってからメガネ無しの生活だったが、やっとメガネが手に入った。まあ、それまでの過程を話せば長くなるので省略する。
私はメガネは長年、日本を訪問の際にゲットしていたので、アメリカでのメガネ購入に無駄な時間と金を使った。
眼科の予約に3日かかり、とりあえず間に合わせの安物のメガネを注文し、到着が5日後と言われていたが、遅れて10日後に手渡された。トータルで約2週間もかかるなんて日本じゃ想像出来ないでしょう?いい加減な対応に振り回されてしまった。

こういったアメリカ型のサービス精神、態度、いい加減さ、無責任さが日本に進出すると、日本人はきっとフラストレーションが溜ることだろう。長年、アメリカに住む私でも、日本の生活を知っている分イライラする。

世界中の人が日本を訪問すると、日本人の接客サービスは世界一だと言う。日本を出た事が無い人はそういうことに気付かず、当たり前だと思うだろうが。
日本人は、世界に稀に見る日本の国柄に誇りを持ち、ジャパニーズ・スタンダードを守り抜いてくれないと困る。世界はそれを望んでいる。

どうも日本時間に合わせすぎると、時差ボケ状態になり、疲れがとれない。一日中、ボーッとして、何度か睡魔が襲ってくるせいか、判断力が鈍り、やる事成す事裏目に出るのだろうか?

近くの中途半端な温泉でリフレッシュでもするか?とも思うが、日本訪問までやるべき事が多過ぎて、そんな時間も作れそうもない。
そう、1月5日に日本に出発する事が決定した!
その時は、2カ所以上の温泉地を訪ね、いい湯に体を沈め、「日本」に浸るとするか。
いつも日本でゆっくりしようと思いつつ、結果的にバタバタと忙しく動き回る。どうも貧乏性が体に染み込んでいるようだ。

それはともかく、メガネが手に入り、テレビもよく見えるし、運転も楽になった。ハッキリ物が見えるのは気持がいいものだ。だが、日本の政治や社会情勢が見えすぎるのは、いい気分にはならないが・・。

本来はメガネを2つ持つようにしていたのだが、今回はたまたま1つしか持ち合わせていなかったので、不便な2週間を過した。
来月に訪日の際は、日本でちゃんと気に入ったデザインのメガネを再び仕入れる予定です。あー、円高及び久々の冬の日本で、体が冷えきらねば良いが・・。

私の個人的よもやま話と、和食(Washoku)が世界文化遺産に来春申請される話題!
今日はその気にならないので日本の政治の話題は小休止だ!

今日、私の出身高校(ハリウッド高校)の同窓会案内が来た。私は高校卒業後は世界中を飛び回り、日本にも長く滞在し、アメリカでも数度引っ越しているのにどういう方法で私の住所を捜したのだろうか?

ここはアメリカ。当時のチアー・リーダーは体型を保って、面影を残しているだろうか?
同窓会は地元ハリウッドのホテルで来年の7月に開催される。

私はこの高校に3年時の1年間、それも午前中しか授業を受けていなかったので、先生と数人の生徒ぐらいしか覚えていない。それ以前に通っていた高校では友人が多かったが・・。

なぜ午前中しか授業を受けなかった?それは卒業単位をすでに取得していたし、午後から単位が半分とれるWork Experience(職業体験)でL.A最大の子供病院の化学研究室でバイトしていたからだ。

午前中の授業が終わったら、車を運転してハンバーガー屋に直行して、昼食を済ませ、そのまま病院に向かった。
よくもまあ、飽きずに月~金曜日のお昼はハンバーガーで1年間勤め続けたものだ。
午前中に同じ仕事をしていた当時、大学生だった友人とバトンタッチして、友人は午後から大学の授業に向かった。

この仕事の収入も悪くなかったし、土曜日は病院の医師、看護婦、研究者の自宅の庭の手入れを任されていた。日中40度の暑さの中、外での仕事は苛酷でもあった。土曜日だけで8軒の庭の芝刈りを含めた手入れが、今となっては懐かしい思い出だ。
職場の同僚たちは親切で「クリス、クリス」と可愛がってくれた。
行く先々で、仕事の途中、飲み物や食事を出してくれ、集金も職場が同じなので、踏み倒される事も無かった。何と恵まれた高校3年生だった事か・・。

高校3年生で土曜日だけトラックと芝刈り機をレンタルして、弟を助手にして1年間続けた。日本では想像出来ないでしょう?
当時は1ドル、360円の時代で、私は高校3年生で日本のサラリーマンの倍以上稼いでいた。

その10年後、日本から戻って仕事を探していたら、子供病院の当時の同僚の紹介で米国赤十字社に5年勤める事になった。

庭園師の仕事はその後、機会は無かったが、昨年まで数年間、ボランティアで曹洞宗系のお寺の、立派な日本庭園の手入れも担当していた。
性格的に丁寧にしないと気が済まなかったので、庭の剪定はプロ級に仕上がっていると評判だった。小、中学の頃に造園師だった父の手伝いを、いやいや仕方なくやっていた事が、無駄にはなっていなかったようだ。


1月の初旬に日本の友人の長女が結婚するようだ。メールで御両家親族だけの食事会に招待いただいたが、なかなか答えが出ない。
彼女は早稲田大学を卒業して、地元の優良企業の秘書課に務めていると聞いていた。何でも相手が学生時代から付き合っていた男性で、現在は自衛官だそうだ。

私は彼女が3歳の頃からゴッド・ファーザーのような気持で接していた。まあ、彼女が大人になってからはあまり接触が無かったが、おめでたい事で、最近不愉快なニュースばかりでため息ばかりついていたが、とても嬉しいお知らせだった。

まだ2週間ぐらいは思案しなくては決められない。1月14日の台湾総統選も前回に続いて応援に行こうとも思うが、これまたまだ決めかねている。

1月初旬は航空運賃が倍で、その上、記録的な円高に思い悩まされる。JR Pass、ホテル料金も全てが驚異的に上がった。今後はカプセル・ホテルに宿泊と格下げしようか?

一番の難関は留守中の母の介護対策、まだまだ決断する前に対策を吟味する必要がある。今は検討中の段階だ!

しかし、日本も台湾も真の独立に向けて、今が正念場だ。特に台湾が中国化されないためにも今回の総統選がラストでオンリー・チャンスになるかも知れない。
台湾は日本の生命線である。この歴史的瞬間を目に焼き付けたい気持ちも大きい。


和食(Washoku)を世界文化遺産に来春申請するという記事が目に入った。当初は「懐石料理」での申請を検討したそうだが、結果的に申請対象を広げた方が登録されやすいのではないか?という結論となったようだ。
韓国が「宮中料理」を申請したが、世界遺産登録が遅れていると言うより、韓国のアピールはウソが多いという先入観があったように思う。
この国が世界に発信する歴史資料も怪しいものだ。ウソとデタラメが当たり前。この民族は自分たちの都合が良いようにフィクションを作り上げる。

世界中から厄介な民族だと思われている朝鮮民族はなぜか、日本では過大評価されている。電通やフジテレビの広報活動や在日優遇体質がそうさせているのか、世界的に見ても不思議な現象だ。

フランスで「キムチ・フェスティバル」が食品衛生上の問題で中止されたが、どうもフランス人にはこの匂いが耐えられないようだ。
韓国が「キムチ」を世界遺産登録申請したら、世界中に失笑を招く事になるだろうな。

しかし、日本人にとって和食が世界遺産になっても、どういうリアクションをとっていいやら。今さら自慢してもしょうがないと思うのだが。ちょっと申請対象を広げ過ぎと思うが、世界文化遺産に登録されたフランス料理への対抗策か?

新下院議長ジョン・ベイナーの涙と私の涙の共通性!
ロサンゼルスはここ数日、日中は熱い。昨年末、記録的な降雨量によって、我が家の庭は雑草がぼうぼう生えていた。
やっと昨日から木々の剪定と3分の一ずつ草取りを始めた。
ところが、熱さと乾燥した空気で、ノドがカラカラに乾いた。まあ、自宅だったから水分を補給は出来たが・・。

よく西部劇映画などでカウボーイが砂漠を、水を求めてフラフラさまようシーンがあるが、日本の皆さんには想像出来ないでしょう。私もユタ州のインデイアン居留地の砂漠地帯で車がエンストで動かなくなった事がある。電話はないし、車は来ないし、炎天下の中、フラフラ状態になった。運良くコヨーテに襲われずに、数時間後にホピ族の男が来て命拾いをした。その時はノドが乾燥し過ぎて、しゃべれなかったものだ。

広大なアメリカでは何があってもおかしくない。1960年代まで、日本人が一人でバイクに乗っていると、パトカーに乗った2人組のポリスマンに止められ、外で袋叩きになったこともあったそうだ。運が悪い人間は貴重な経験をするものだ。でもさすが1970年代に入って、そういう話は聞かなくなった。


昨年11月の中間選挙で野党の共和党が下院で大勝し、1月5日に共和党のジョン・ベイナー氏が下院議長に就任した。
彼は就任スピーチで、つい感激してボロボロと涙を流した。彼は以前から「泣き虫ベイナー」とニックネームが付いていた。
この人はなかなかの苦労人で、狭い家で12人の兄弟に囲まれて育った。大学時代も苦学生で、フルタイムの仕事をやりながら、7年かけて卒業した。ジョンはベイナー家で初めての大学卒業者となった。
彼は過去の苦労や絆を語る時、つい感無量になるのだ。

つい最近まで、政治家が大勢の前で涙すると、必ず人気が落ちたものだが、このベイナー氏の涙には論議は起きても、非難の声は意外に少ない。ここアメリカも時代とともに、ピュアな人を求めているのかもしれない。
肉体的には強固な私も涙もろいし、彼と同類の涙を抑えられない人間なので、彼を避難する気持ちはない。

以前、東京で結婚披露宴の司会を何年かやっていたが、打ち合わせでカップルのバックグランドや彼らの性格を知り、純粋な気持ちで幸せになってもらいたいと思ったものだ。
そのせいか気づかれはしなかったが、司会中、特に御両親への手紙を代読する時、苦しくなった事もある。どうも感情移入してしまうようだ。プロとしては失格だ。だが、カップルには大変喜ばれた。

しかし、台湾独立派の食事会で、80人を前に15分スピーチをして、なぜか感無量になり、言葉が出なかったことがある。大勢の前で言葉がでない事は初めての経験だったので、後でなぜだろうと考えた事があった。
どうも心身ともにぼろぼろに疲れていたことと、台湾の歴史と台湾人の苦悩を知っているから、なぜか台湾人が哀れに感じたのだ。息苦しそうにしていたので、台湾人の一人から後で、どこか病気なのかと不名誉な問いもあった。

少年時代から映画館に頻繁に足を運んだ映画フリークは、感情を抑えず自然体をモットーに今日までやってきた。葬儀、病院、友人との別れ、悔しさ、悲しさ、嬉しさなどいろんな場面で涙ぐんできた。だから、コントロールして、抑えることがとても苦手である。
だから、韓国系であろうがシナ人であろうが、神経に障る事をされると、面と向かって怒りを表現する。相手が複数であってもだ。

いつか私の運動が、多くの日本人を目覚めさせ、日本をよみがえさせることが出来たら、政治家ではない私は、恥ずかしげもなく感激の涙を流すことだろう。そのためにも民主党を解体して、真正保守が力をつけることを私は願う!

「NHK紅白歌合戦」の後は銃声が鳴り響くロスの新年の夜明け!
今夜も超寒い。風邪もまだ長引いている。
只今、NHK「紅白歌合戦」を見ながら、新年最初のブログを更新しようとしています。
この「紅白歌合戦」は内容はともかく、国民的行事で、ここロサンゼルスの日本人にとっては年末の欠かせないものになっています。それにしても加山雄三は懐かしかった。若大将シリーズはロサンゼルスで第2作目からずっと観ていた。私の青春時代のスターだ。もう75歳近いのに、若い!理想の年のとり方だ。
初めて聴いた「トイレの神様(植村花菜)」もなかなか表現力があって良かった。おばあちゃんっ子だった私は、祖母を想い出してつい涙してしまった。

ここロサンゼルスではカウントダウンが始まる頃から、銃声の音があちらこちらから鳴り響きます。数年前から禁止されたのだが、今でも毎年、鳴り響いている。
ここロサンゼルスで銃声は珍しい音ではないが、何百発の銃声と打ち上げ花火の音を聞くと、戦争のイメージが広がり、正直物騒な気持ちになる。もうすぐカウントダウンだ。流れ弾が飛んでこなければいいが・・・。

2010年も公私ともに色々あった。日本の政治は、多くの日本人が変化を求めた結果、民主党やマスメデイアに騙されてしまった。救いは、そのウソと民主党が売国政党と気づいた1年だったのではないか。そして、多くの日本人が1票の重みに気付き、反省した1年だったと信じたい。
私はそういった過程も、日本人の必然だったのではないかと思うようにしている。

2009年に民主党が政権をとってから、日本は目標を失い世界から信用と信頼を失った。日本国民の多くは政権が変わることで、まさかこんなに日本が醜く変わると想像しただろうか?

そして、鳩山前首相の愚かな無責任発言の数々に、日本人は呆れ、失望し、その重いツケを払わされることになった。
その後に任命された管首相は、ブレまくり、日本の行方を酔っぱらい運転のごとき、あちらにぶつけ、こちらにぶつけ、なかなか目的地に着かない政策に国民は目覚めようとしている。

2011年は今後の日本を占う上で、とても重要な年になりそうです。皆さんには旧年以上に声を上げていただきたい。

先人たちが命をかけて築いたこの素晴らしい国・日本を護る為にも、かつての尊敬された日本、日本人を取り戻す為にも御協力をお願いします。

戦後の日本はアメリカに押し付けられた仕組みと価値観の中で、日本人としてのアイデンテイテイーを失いつつあることに気づかず今日まで来た。そしてまだ、自らが迷っているうちに次は中国や韓国に媚びを売るようになった。その結果、事なかれ主義が蔓延し、自信を失い、金がすべての社会を構築した。

そこには人情、和、おもてなしの心、助け合い、日本人としての心を失った。今や中国の、一方的な属国化に向けた戦略に協力している日本の売国メデイアの責任はとてつもなく大きい。

そんなに中国が好きなのか?相手を好きになるということは、相手の欠点も受け入れて好きになることだ。そんな覚悟が、日本の政財界、メデイアにあるとは到底思えない。
私はそんなフラストレーションがたまる関係は御遠慮させて頂きたい。それは自ら健全な社会生活を否定しているように思えてならない。
中国が日本を属国にしたその時は、日本の歴史、文化が全否定されていくことを覚悟するべきである。そして、共栄ではなく、無理矢理共存させられることになることも。
日本人の財産は彼らのもの、彼らの財産も彼らのもの。
2011年が中国にとってバブルが弾け、バブル経済が崩壊する年になることだろう。その時、政治家は、財界は、メデイアは、国民は、さて、さて、さて、どうする?

日本に住む日本人の多くは、毎日の日常の中、日本を客観的に見れなくなる。
それに比べ我々在外邦人は、常に遠くから祖国を眺めている。日本の素晴らしさを再発見します。
私は今後も許される限り、ここロサンゼルスから、日本人に「愛のムチ」的発言を発信していこうと思っています。皆さんに日本人であることを再認識してもらいたいからです。

2011年の前半に解散総選挙に向けた動きが活発に展開されることを願っています。その時は私も真正保守の候補者の応援に、馳せ参じようと思っています。もし私に気付いたら気軽に声をかけて下さい。

皆さんと一緒に日本人として笑い、怒り、そして泣きたいものだ。それも最後には感動の涙で2011年を終えたいものです。

今後とも私のブログ「ロサンゼルス発、よみがえれ我が祖国・日本!」をもり立てて頂ければありがたいです。
                
     ロサンゼルス龍馬の会
     北米日台研究塾       Chris Ryouan三宅


e-年賀状です。楽しんで下さい! 
(風船をクリックし、風船が減ることでカウントダウンされていきます)
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謹賀新年    
新春のお喜びを申し上げます
皆様おすこやかに新春をお迎えのことと存じます。
旧年中は何かお世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2011年元旦


ロサンゼルスで見る、民主党議員と同類の醜い日本人たち
最近の民主党を見ていると、ある出来事を思い出した。某日本企業が民主党と同じ行為をしたのだ。ここリトル東京で。
民主党議員が日本の真の歴史を知らず、日本国を中国に金にさえなるんだったら、売り渡そうとしている。それも、民意を無視し、秘密裏に事を進め、売国奴法案を通そうとしている。
この会社も、過去、どれだけ日系社会にお世話になったかを忘れ、リトル東京での、過去の歴史的経緯を知ろうともせず無視し、利益だけを追求し、自分勝手に約束を破り、無責任にリトル東京のランドタワーの一つを日系以外の外国企業に売り渡した。今後、どんな波紋を呼ぶかも考えず。

どうも民主党の政治体質とこの日系企業の経営体質が似通っているように思う。企業も政治も人で成り立つ。その人、日本人の姿そのものが、おかしくなっているのだ。


ロサンゼルスに以前、鹿島建設所有の1977年完成したホテル・ニューオータニがあった。このホテルはリトル東京のランドマークの一つだった。1980年、隣接にショッピングモールのウエラーコートも完成させた。
皆さんも御記憶のあの、三浦事件の舞台となったホテルである。

1960年代に自発的再開発がなければ、一部を市が接収するという通告があった。しかし、予算と経験不足により実現に至らなかった。これを見た有力者のジョージ荒谷氏(ケンウッドの創設者)が当時の住友銀行に話を持ちかけた。これが、当時鹿島建設会長の鹿島守之助氏の耳に入り「鶴の一声」で高層の鹿島ビルが出来、それからニューオータニ、ウエラーコートの案が浮上し、住民運動、立ち退きなどがあり、日本人以外には文化保存の意味合いも含めて、売却はしない約束が前提で建設が始まったのだ。

このプロジェクトの責任者の一人で、当時鹿島建設の設計士で、何年か後に独立し、ロスに永住した元南カリフォルニア日系商工会議所会頭・高瀬氏も、秘密裏にホテルオータニが売却されたことに、唖然としたそうだ。

結局、経営的引き継ぎは上司からあったのだろうが、リトル東京とこの建物が建設された当時の経緯を勉強してないんだろうか、それともそんなの関係ないと無視したのだろうか?

この建物が建設されるまで、多くの日系人の協力や犠牲があったのだ。ところが、2007年8月、ホテルとウエラーコートが売却されたという、寝耳に水の新聞発表が多くの日系人を震撼させた。ロサンゼルス・タイムズも「リトル東京の激震」と題して経済面トップに写真入りで大きく報じた。ロサンゼルス週刊ダウンタウン・ニュースは「隠密行為に不快感」「良識なき取引」と二週にわたり特集を組んだ。邦人新聞「羅府新報」は「地元に事前相談なし」という見出しで「小東京よ、お前もか」と日系諸団体の抗議の声を、紙面をさいて大きく取り上げた。

この「小東京よお前もか」は日本人が変貌し、義理人情を欠き、自分勝手な振る舞いを日系ビジネス社会でも展開していたからだ。地元の日系社会とは距離を置き、日系の歴史、日系企業に対する貢献度には見向きせず、常に日本の本社に顔を向けている日本人ビジネスマン。だから、いつか不義理を欠いた日本人がとんでもないことをやるだろうと誰もが予測をしていた矢先だった。一部でウワサがたった時には、その事を否定していたので、まさか、冗談だろう?とみんながそう思ったに違いない。

売却先はサンフランシスコの日本町と2つのホテルを買収した3D社であった。公開しなかったのは、オファーが高値だったこと。それと、以前、サンフランシスコで事前通告した時、売却の代償として50万ドルを日系社会に寄付させられたからだと言う。この日本を代表する22社からなる株主たちが、このわずかな金銭のために日系人にオファーの機会さえ与えず、日系以外の外資系の手に渡した事はリトル東京に大きな問題として残す事になった。いつから日本人、日本企業は情が無くなり、無責任になり、過去の経緯には無関心になり、目先の金だけに振り回されるようになったのだ?

リトル東京は先人の血と汗と涙で築き上げられた街である。日本文化を継承し、次世代にも引き継いで行く使命がある。戦前と比べると、4分の1ぐらいの規模になったが、カリフォルニアに残る2つの日本人街の一つである。多くの日本企業のアメリカ進出の原点がここにあるのだ。リトル東京、日系社会なくして、トヨタもソニーもキッコーマンも味の素もなかったのだ。
その聖地と言うべきリトル東京の土地を無断で売るとは。

この2つの物件を建設させるにあたっては、リトル東京を守る、防衛することを前提に多数の日系住民、日系店舗を強制立ち退きさせたのだ。そのことを良く知っている日系人にとって裏切りともとれる行為に、ただただショックをおぼえたのだ。ロサンゼルスの各新聞社もそのへんの事情を良く知っていればこそ、日本人の行為に怒ったのだ。

「人道主義に基づき、社会に貢献する」という鹿島建設の社訓を実践した故・鹿島守之助のような真の日本人がいなくなったのだ。日本人が持っていた本来のスピリットが失われてしまったのだ。

それに最近、将来のリトル東京に協力的で資金も交付してくれる当局へ、日系社会への情報漏洩を恐れて連絡しなかった事は「騙し討ちする日本人」という印象を当局に与えてしまった。
リトル東京を管轄にしているジャン・ペリー市会議員は「未だ何の連絡もなく、まったく愛想がつきた」と憤慨していた。彼女はロサンゼルスの15人の市会議員の中で、日本文化が大好きで、毎年の夏祭りには浴衣姿で盆踊りに参加している。彼女はリトル東京の文化保存、継承に積極的な人だ。

このホテルニューオオタニは現在、イラン系企業がKyoto Grand Hotel(日本のホテルとは別会社)として再オープンしているが、経営状態が良くないと聞く。もし、ここが韓国系に乗っ取られでもしたら、リトル東京はリトルソウルと名前が変わってしまう。まだまだ先の話だが、この日本企業が約束違反をし、無責任に風穴を開けたことで、大きくコミュニテイーが変ろうとしている。今や、少しずつだが、リトル東京も日本人街としての特色が失われつつあるのだ。      

こういう事態は、現在の日本社会にも当てはまる。今日があるのは先人の貢献と努力があればこそなのに、目先の金儲けに走る。そこに長年、日本人が培った、公の心、助け合い精神を失ってしまったのだ。リトル東京は日本人同士が助け合って、コミューニテイ―をまとめてきた。目先の利益だけで大きくなったわけではない。みんなが利益を共有してきたから今日の、アメリカ人からも尊敬される日系人、日系社会があるのだ。

戦前もリトル東京、日系諸団体が皆で、貧しかった日本に送金していた。当時の日本の国家予算の2割はアメリカの日系人からの送金と言われていた。中には大成功していた日本人も多くいた。カリフォルニアのポテト王、カーネーション王、イチゴ王。オレンジ王、などカリフォルニア農業の半分以上は日系がシェアーを持っていた。漁業も半分以上はそうだし、農業、漁業以外でも大成功した人は名前を上げればキリがない。アメリカでも日本人の知識と経験が技術革新に大いに役立っているのだ。

しかし、昨今、日本人の手法が中国人と大差が無くなって来た。民主党が政権が長く続けば続くほど日本人が本来の日本人である事を忘れ、中国人化してくるだろう。それがとても気がかりで心配だ。
日本人よ、歴史だけは勉強せよ、あなたたちのDNAがいかにして築かれ、多くの先人の犠牲の上に成り立ったかを。民主党議員よ、真の歴史を知らずして政治を語ることで、国益が大きく失われる事を身を以て知れ!




プロフィール

Chris Ryouan三宅

Author:Chris Ryouan三宅
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在米通算35年以上。我が祖国・日本大好き人間です。日本文化や先人たちが築いた功績を最大限に評価している。北米日台同盟会長、L.A・日本をよみがえらせる会代表。柔道2段、合気道、居合道、相撲初段。
日本に帰国する度、生活様式、行動様式がシナ人、朝鮮人化する日本人を見て危惧している。
外国人参政権には絶対反対。どこの国がそれを実施しているというのだ?在日特権廃止、パチンコ撲滅を願っている。
TPPにも基本的には反対。受け入れると日本の国柄を失い、日本人らしさを失い、2万5千社以上ある100年以上続いた老舗企業がほとんど数年のうちに姿を消す事になる。日本文化が失われ、金に心を奪われた自分勝手な人間社会が出来上がるのだ。
国民が知らないうちにシナ人、朝鮮人、不良外国人が繁殖した日本。世界中でダントツに治安がいい国と評価されていた日本が、このままだとトップの座から転落する。
気がつかないうちに日教組教育に染まった日本人。
今でも旧「たちあがれ日本」のメンバーを支援する。安部政権、真正保守の政治家には大いに期待している。
それにしても3年3ヶ月の詐欺師、嘘つき、素人、売国奴の民主党政権が残したツケは大きい。
日本の国益を損ね、在外邦人の名誉を傷つけた国賊の河野洋平は許せない。そして息子の太郎もキライだ。
鳩山由紀夫、菅直人、民主党、社民党は大嫌いで目障りだ!
このままだと、私が笑顔で過ごせる祖国がなくなってしまう。
日本人が一日も早く気づかないと取り返しがつかなくなる。そのため、遠くロサンゼルスから声を張り上げる。

柔道2段、合気道初段、居合道初段、アマチュア相撲初段。

ブログ「L.Aからよもやま話で目からウロコ!」
http://chrisyoshimiyake.blog.fc2.com/にも立ち寄って下さい!
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